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第29話 ジョーカー

「まだこの枚数残ってるなら余裕ー」 「どうかなぁ」 「いやいや、ぜーんぜん」  そう言って柴くんが僕が扇状に並べて手に持っているトランプの中から一枚を引き抜いた。 「おっけーおっけー。はい、次、葉山さんの番」  そして今度は柴くんが僕の前に扇状に広げたトランプを出して、にっこりと楽しそうに笑ってる。  これ、シュールじゃない?  二人でババ抜きって。  だってどちらかがジョーカーを必ず持っているってわかってる。  今、ジョーカーは僕の手元に来てる。のを、柴くんもわかってる.,でしょう? 「あ、ね、明日、葉山さんは何食べたい?」 「?」 「たとえば。朝食のメニュー」 「うーん……ハムエッグ?」  昨日、サラダのトッピングに使ったハムがまだ残ってたから。 「りょーかい。俺は卵焼き」 「?」 「この勝負に負けたほうが明日の朝食を作る」 「……了解」  それならシュールだろうとなんだろうと頑張らなくちゃ、とカードを選ぶ眼差しをキリとさせてみた。柴くんも楽しそうに、カードをもう一度きれいに扇状に並べ直してる。  ただいまの柴くんのトランプ所有枚数は七枚。当たり前だけど僕のほうが一枚多い。だってジョーカーを持っているから。 「はい。葉山さん選んで」  今日の夕飯は柴くんが持ってきてくれたロケ用のお弁当だった。  すごくたくさん余ってしまったらしくて、持って帰って来てくれた。普段は余ったりすれば演者さんたちが持って帰るのだけれど、スタッフが注文数を間違えたらしくて。どう演者さんに配り歩いても余ってしまったらしい。  おかげで楽ちん。  で、夕飯を作らなくてよくなった分、少しゆっくりできるからトランプしようって。僕の部屋にトランプはない。柴くんが持ってた。トランプってそう持ってるものでもないと思うのだけれど。  この前のバランスゲームの時もそうだった。  こういうの.。  柴くんってなんか子どもみたい。  わざわざオモチャを買ってみたり。あんなに最小限の荷物しか持ってないのに、必要なものしかないって言ってたその中にトランプがあったり。 「ふふ」 「?」 「いや、薬局で見かけてた時は柴くんがこういう人だって想像もしなかったから」  楽しい人だなんて思いもしなかった。  つい、思わず笑ったら、柴くんと目が合って、柴くんも笑ってる。 「それなら俺も」 「?」  その時だった。ソファに置いてあった柴くんのスマホが軽やか電子音を響かせた。 「ごめん」 「うん」  電話がかかってくることがたまにある。大体、仕事の電話みたいで、スケジュールが変更になったりとか。急遽の連絡が多いようで。 「もしもし」  個人でマネージメントしてるのか、とかはよく知らないけれど。 「どうした?」  けど、これは仕事の電話じゃないみたいだった。  柴くんがちらっと僕の方へ視線を投げて、ごめんねって顔をした。そして、そのまま立ち上がって、キッチンのふうへ向かう。 「うん。大丈夫……うん……あー、どうだろう……この前はナナミちゃんの方が雑誌の撮影あったでしょ?」  仕事の電話じゃ、ないみたい。  ワンルームだから別の部屋で電話できないんだ。全部の話が僕にも丸聞こえになってしまって、なんだか申し訳ない。柴くんのプライベート。そう、多分、これは仕事の電話じゃなくて、プライベートでかかってきた電話で。  相手は女の子で。 「すごいじゃん。ダンサー特集でピックアップされて」  ダンサー、さんでって、ほら、電話の向こう側が何を話してるのかわからないはずなのに、わかってしまう。だから少しバツが悪くて、僕は聞こえていませんって顔で自身のスマホを見つめてる。 「いいよ。大丈夫。それじゃあ、また」  相手はダンサーさん。 「うん。はい。おやすみー」  柴くんが優しくおやすみの挨拶をする相手で。 「って、ごめん。葉山さん」 「ううん」 「で、どっちだったっけ。順番」 「ぁ……僕が引く番」 「そーだった。はい」  ふと、チクッてした。  大したことじゃないよ。本当に小さな小さな石ころが靴の中に入っちゃったみたいな感じ。歩くこともできるんだけど、どうしても気になってしまうような。靴の中でごろごろって、勝手に入り込んじゃった小石みたいに、今、気持ちの中に入り込んでる。  ―― あいつ友好範囲広いからなぁ。見学? あ、もしかしてダンサー? 壱都前にダンサーの子にアピられてけど。  前に柴くんの仕事の様子を見学した時に、そうセイくんが言ってた。  ダンサーの子が柴くんにアピールしてたって。  今、電話がかかってきたのはちょうど同じダンサーの子で。 「オッケー。じゃあ、次、俺の番ね」 「うん」  今、夜の十時過ぎ。  電話をして来るには少し遅い時間な気がする。すごく仲が良くて、すごく親しい人でないのなら、僕は遠慮する時間帯だと。 「えっとー」  思うんだ。  でもそれが気になってしまうのは、靴の中に入り込んだ石ころみたいに、どうしても気になって、たった今終えた電話の、片方、柴くんの言葉だけが何度も頭の中で再生されてしまうのは。  彼のことが好きだから。 「次は、これっ!」 「……」  柴くんが引いたのはハートのニ、だった。  ジョーカーはまだ僕の手の中、この扇状に並べたカードの中にある。柴くんが避けるように、ずっと引かずにいるジョーカー。  引いたら、ダメな。 「はい、次、葉山さん」 「うん」  君に隠しているけれど、君に渡せたらいいのにって思う、僕の――。

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