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第30話 家族映画
ダンサーさんが柴くんのことを――。
なんていうのだろう。狙ってる? とか? とにかく柴くんのことを好き、ってセイくんが話してた。
夜、柴くんに電話が来ていた。なかなかに遅い時間帯。
柴くんは朗らかに、優しい声で、またねと言っていた。
相手はダンスをしている人のようだった。
――すごいじゃん。ダンサー特集でピックアップされて。
すごいことがあったようだった。
――いいよ。大丈夫。それじゃあ、また。
またって言っていた。
デートの約束? かもしれない。
つまりは……ね。
でも、まぁ、そうだよね。
だって柴くんだもの。
そんなことを考えて、なんだか溜め息をつこうとしたのだけれど。
諦めようと思ったのだけれど。
「それで? どうして急に私が貴方達と食事をしないといけないの?」
知りません。
僕も姉さんと同じ疑問が頭の中でぐるぐる走り回っているので。
今日は僕がオフの日だった。仕事があった柴くんから連絡が来て、美味いパスタの店があるから今日どうだって言われた。僕がパスタを好きだって言ったからだと思った。そういうことをナチュラルにできてしまうのが女性にモテる柴くんらしいなって思った。だから、僕は何にも考えずに言われたレストランまで来て。
姉とその店へ入るところでばったり遭遇した。
もちろん偶然なわけなくて。
柴くんが立てた計画だった。
「そりゃ、確認したいからです」
「何を?」
何を? 柴くん?
「真咲にあっせんしてた結婚とか家に早く戻れとか、そういうの、もう諦めたんですよね? って」
ぁ……真咲、って、呼んで。
「この前ので認めてもらってると思ったんで」
そうか。そうだよね。ここが、僕の家族が認めてくれないと、柴くんはずっと僕の恋人のフリをしなくちゃいけないんだ。そんなに律儀にしなくたっていいのに。別れてしまいましたって言えばいいだけなのだし。
だから全然、ダンサーさんと――。
「そんなのもちろん諦めたわけないでしょう?」
姉さんが不遜な表情であたかも当たり前のことのように言い放った。
けれど、そんなことは僕も重々承知している。相手は姉さんだもの。
「諦めないし、どうせ別れるもの」
「はい?」
「あなたたち。前の相手だって、」
「姉さんっ」
言おうとしてることを制するように割り込もうとした僕を姉が追い返すように睨みつけた。
知らないんだ。
柴くんは僕の前のことを。
当たり前でしょう?
知るわけないでしょう? だって彼には仮初で、今だけその「役」を演じてもらってるんだから。本当に付き合ってるわけじゃないのだから、そこまで話すわけがない。
「真咲の過去も知らないで、偉そうに家族の話に入らないで欲しいわ」
柴くんはなんのことだろうと、表情を険しくさせながら、正面に座る姉をじっと見つめてる。
「どうせ、貴方“も“ずっと付き合うなんて気ないんでしょう?」
「……」
「だって、結婚もできない、家族も作れない、そんな関係長続きするわけないでしょう?」
「……」
「ゴールはどこなわけ?」
姉さんも、きっとその後ろに控えているだろう父さんも母さんも全く、一ミリも変わってない。
父さんにしてみたら、家業である会社を継いでもらうことが普通で、当たり前で、最善で。
母さんにしてみたら、会社を継ぐ僕が自分達のように「家族」を作り上げていくことが最善。
姉もそうだ。絵に描いたような人生設計を着々とこなしているのだと思う。
「ゴール、かぁ」
「えぇ」
「お姉さんのゴールってもしかして結婚して、子供作って、親に孫の顔見せて、子どもを良い学校に入れて、良い大学行かせて、そのお父さんの会社で働いてもらう、みたいな」
「そうよ」
本当に絵に描いたようだ。見事すぎて。
「それが悪いの? 貴方は知らないかもしれないけれど、私たちの会社は人の役に立っている。うちの会社がなくなったらどれだけの人が困ると思うの? うちの会社の薬で命を繋いでいる人は? うちの会社の薬で健やかな生活が送れる人は? その会社が傾いたら、どうなるのと思うの? 私たちが守ってるのは会社じゃないの。会社が支える人々の人生よ。そして、この会社で働く従業員とその家族よ」
まるで父さんが話しているのかと思った。
それは僕らが幼い頃からずっと、ずーっと言われてきた言葉たちばかりだったから。
「……でも、真咲は薬剤師してますよ」
「それがどうしたの? ただの薬局の一薬剤師でしょう? どっちが重要だと思うの? そこらへんにある薬局の薬剤師でいることと、何千っていう人々の健康を支えることと」
「どっちも一緒だと思うけど」
「はい? そんなわけっ」
「真咲と話すと元気になるおばあちゃんがいます。彼女の健康の元は真咲ですよ。他にもたくさん。助かってる人はいる」
「だから数が」
「だから数の問題じゃないって話です」
あのねぇっ、と姉が声を上げかけた時だった。
「多分その辺は意見ずっと平行線な気がするんですけど、ゴール」
「はい? 何? あなた、会話があっちこっちに飛んで、」
「ゴールは結婚でも、子どもを、孫を作って、両親を喜ばせることでもないですよ」
僕の話なんて昔からちっとも聞く人じゃなかった。
その姉が、真っ直ぐ、けれど怪訝な顔で柴くんをじっと睨みつけてる。
「真咲のゴールはそこじゃない。俺はそのゴールに向かって進んでる彼の隣を歩いてるだけですよ」
そして、僕のことをギュッと引き寄せた柴くんが。
「そもそも人生のゴールなんてないでしょ? あるとしたらお墓、じゃないんです?」
柴くんの手がとても温かくて、姉から向けられる険しい表情も鋭い視線も全く気にならなかった。
「そんなわけで早く諦めてください」
この手が温かすぎて、切なくて、苦しくなった。
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