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第35話 過去の人、その二
宇野、だった。
たしかに、宇野、だった。
クビになったって言ってた。。
そりゃそうだろって、疲れた顔で笑ってた。
僕とのことがバレたのかもしれない。
でもそんなの姉さんも父さんたちも言ってなかった。相手の男がわかったからクビにした、なんて。僕が家も会社も出た後のことで伝えられなかった?
「葉山さん?」
「!」
「どうかした? ぼーっとしてる」
「……ぁ」
柴くんが心配そうに首を傾げている。
覗き込むようにされると、つい、思わず、目をそらしてしまった。
「ちょっと、仕事で疲れてるのかも」
ルート営業って言ってたから、また来るのだろうか。今まで宇野に遭遇したことはなかったし、あの医薬品の会社は知ってる。なら、担当者が変わって宇野になったっていうことなんだろう。じゃあ、これから定期的に来るってことだ。
だからって別に、もう何もないけれど。
宇野のことは――。
「僕、もうそろそろ」
少し遅くなった夕飯を食べ終えて、柴くんがこの前メイクを担当した歌番組を見ていたんだ。僕はこの画面に映らない周囲の端のところからこの景色を眺めていたんだなぁって、少し感慨深いものを感じながら。こうしてテレビ画面という額縁に切り取って見るとまるで違って見える。それと、柴くんの施したメイクがどのアーティストもすごく映えて素敵だった。あの場にいると、そんな近くでじっと見つめることなんてできないけれど、こうしてフレームの中に収まっているとアップの映像とかもあって、メイクをじっと見つめることができるから。
――ブブブ。
その時、テーブルの上に置いておいたスマホが鈍い振動音を響かせた。
柴くんは着信音をさせているから、これは僕のスマホにかかってきた電話。相手は……。
「……」
宇野、だ。
電話番号、変えてなかったから。
それでも、あの別れの後も、その、僕は今日知ったけれど、宇野が会社を辞めることになってしまった時も電話なんて掛けて来なかったのに。
今更なんなのだろうとも思うし。
今更でも、会社を辞めさせられたことを言いたいのかもしれないとも思う。秘書課の女性社員、すごく美人で人気のある人だったから。
「……」
全部、台無しとでも言いたいのかもしれない。
今日、遭遇した宇野はまるで別人みたいにくたびれていたから。
電話はしばらく鳴っていた。僕のスマホの画面に表示されるのはただの数字の羅列だ。宇野の連絡先は僕が家を出る時に削除していたから。
「……電話出なくてよかったの?」
「あ、うん。知り合いからの電話以外は出ないから。明日は柴くん早いんだもんね。そろそろ寝ないと。やっぱり二人で暮らすにはワンルーム大変だね。ほんと、僕のことは気にしないで、新しい住む場所が見つかったら全然、」
「……」
次にもしも宇野から掛かってきても出るつもりはない。もう関係のない人だ、と思いながら、スマホを手に取って、立ち上がろうとした。
明日は遠方でのロケに同行するらしい柴くんはそろそろ寝ないといけないから。僕も別に夜更かししないで済むし。寝る準備をしようと。
「……」
思ったところだった。
テーブルに手をついて立ちあがろうとしたその手首をギュッと柴くんが掴んだ。
心臓、飛び出てしまうかと、思った。
「ど、した、の?」
ほら、驚いて声が喉のところでつっかえた。
「……」
手首を掴んだままじっと柴くんが。
「……」
僕を見つめて。
「? 柴、」
「ぁ、っと、あとでまた続き見る? これの。ファイスタまだ出てないし」
「あ、うん。見るよ」
「オッケーじゃあ、録画しとく?」
「うん」
パッとすぐに手を離されて、柴くんも寝る準備を始めた。
何。
なんだったのだろう。
手首。
ジンジンしてる。
「あー、葉山さん」
「?」
「明日、ロケだから、お土産買ってくんね」
「あ、りがとう」
君に腕を掴まれたところだけが、ジンジンして、ベッドに入ってもきっとしばらく気になってしまいそうだって思った。
昨日の今日だ。宇野が来るわけないけど、少し緊張してしまった。ルート営業をしているのなら大変だろう。労力に見合った成果は望めない仕事だから。
一緒に配属されたのは営業だけれど、ルート営業じゃなく、新薬を病院へ紹介する仕事だった。
もっと立派な、当時は新入社員だったからリクルートのパリッとしたスーツを着こなしていた。身長も高いせいかスーツがよく似合っていて、女性社員からも人気だった。
それが、あんなふうになってしまうなんて。
「お疲れ様です」
「お疲れ様ー」
店長に挨拶をして外に出ると、今日一日、どこか気が散っていたというか、気になっていたというか、その気疲れに溜め息が自然と溢れた。
今日は僕が遅番の日。局長が早番で、昨日宇野が持ってきてくれたパンフレットは、僕が出勤した時には棚にしまわれていた。
もう、柴くん帰ってきてるのかな。撮影がおさなかったら、そんなに遅くならないって言ってた。
休憩の時にスマホを確認したけれど、まだその時は特に連絡なかった。
カバンにしまっていたスマホを取り出して、確認を――。
「真咲」
しようとしたところだった。
あるかもしれない、とは思ったんだ。
宇野との話は中途半端に終わってしまったし。
僕は昨日、電話に出なかったから。
だから今日一日ずっと気が張っていた。
「昨日、遅くに電話したんだ」
「……うん」
「今って」
宇野は話したいんだろうって思ったから、お店に来そうな気がして、ずっと仕事をしながら集中できなかったんだ。
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