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第36話 線
仕事を終えて外に出たら宇野がいた。店舗が閉店した後は裏手にある従業員用出入り口から出るのだけれど、そこを出てもう車が一つも停まっていない駐車場に宇野がポツンと立っていた。
「仕事終わりにごめん」
今日は遅番だったから。薬局の閉店時間までのシフトだったんだ。
「……ううん」
お店が終わる頃に、と思って来てくれたんだろう。早番だったら、すれ違ってしまっていた。
「昨日はすげぇびっくりしたよ。こんな偶然あるんだな」
「うん」
昨日より、少しだけ声が明るいような気がする。
「色々話したかったけど、その、仕事中の私語は迷惑かけるだろうし」
「うん」
僕は。
「それに店の中で話すようなことでもないし」
驚いたけれど、すごくびっくりしたけれど。
「……うん」
話したいことは、特になかったよ。
「元気だったか? って、元気そうだよな。昔よりなんか垢抜けた感じだな。薬局の薬剤師してたんだ。これ、ここのエリアの担当に配属変わってさ。新規開拓大変でさぁ」
一緒に配属された営業課で有望株って言われてた。コミュニケーション力高いし、明るくて、いつも誰か人が宇野の周りにいるようなタイプだった。いつも笑っていて、どこか自信のある感じがして、かっこよかった。
「毎日車であっちこっち」
昨日とは違うスーツだけれど、やっぱりどこかくたびれていた。スーツのせいじゃないのかもしれない。今の宇野がスーツの雰囲気ににじんでしまったのかもしれない。
「その……あの時は、本当にごめん。あの後さ、俺が真咲と、その……まぁ、バレてさ。もちろんマユとの話もなくなって、会社は実質上クビ。そりゃ、そうか。社長の息子に手出したんだから」
マユ、秘書課の彼女、のことなのだろう。下の名前までは知らない。けれど、きっとこのタイミングで他の女性の話はしないだろうから。
じゃあ、あの時の彼女とは別れたんだ。
「んでなかなか仕事決まらなくてさ。まぁ、新卒で入社数ヶ月で退社、続かない奴って思われるかもな。実務経験なんてほぼ積んでないだろ? 数ヶ月じゃ。面接官の心象悪いよなって、自業自得なんだろうけど」
宇野はよく話すタイプだった。僕があまり話すの得意じゃなかったから、すごいなって思った。話しやすかったし、宇野といると自然とたくさん話してくれるから気楽だった。
一目惚れ、だった。
けれど、もう――。
「真咲……その、俺」
もう。
「あ、あのさっ、今度」
あの時、完全に粉々に。
終わったでしょう?
終わらせたの、宇野、でしょう?
なのに、「今度」なんて言われて、僕が「うん」なんて言うわけ。
「悪いけど、今度とかないよ」
「「!」」
僕が言おうとした言葉だった。
けれどその言葉は、僕が発する前に、僕と宇野の間に入り込んできた。
アッシュグレーの綺麗な髪色がキラキラしていた。
宇野よりも背が高く、こうして前に立たれるとその向こうにいる宇野のことはすっぽりと隠れてしまって、ちっとも見えなくなった。
なんで。
「ないから、今度とか」
柴くんが。
「ちょっ、誰だよ」
柴くんだ。僕の腕を掴んで、る。
「誰って…………真咲の彼氏だけど」
「!」
「あんた、真咲のこと前にひどく傷つけた奴でしょ?」
「!」
「今更何? 偶然に遭遇して、またそこから寄りを戻そうとか? 無理でしょ? どんだけ真咲が、」
「あ、あのっ柴くんっ」
柴くんの手が熱くて、ドキドキする。
「あの、大丈夫。ありがとう」
僕がそう言うと柴くんが振り返って、じっと僕を見つめた。
優しい人だ。きっと僕の代わりに言ってくれようとしたんだ。
「あの、宇野」
でも大丈夫だよ。
「あの、これからここのエリア担当って言ってたからまた会うだろうけど、それは仕事だから」
「真、」
「結婚がダメになったのも、会社辞めることになったのも、大変だろうけど、でも、僕はあの時すごく傷ついたんだ。すごく好きだったから」
「だから、それは、本当に」
「ごめん。悪いけど、宇野は大変なんだろうけど、可哀想とは思ってないよ」
とても申し訳ないけれど。結婚、会社でもちらほら噂になってたから、それがダメになった時はとても居心地悪かったと思う。人気者同士、なんて言われてた分、誰も周囲にいなくなったりしたら、ひどい気持ちになっただろう。父が自主退職を促さなくても、きっとその居心地の悪さから辞めていたんじゃないかな。
「もちろん、いい気味だ、とも思ってない」
「……」
「もう僕と宇野はあの時終わったから、知らないよ」
「……」
「仕事、頑張って」
自分でも驚くほど、気持ちの線は少しも動かなかった。ピンと真っ直ぐ胸の内を走っていて、寄れたり、絡まったり、結び目ができたりすることもなく、少しもくしゃくしゃになることなく、真っ直ぐ走ってる。
驚きはしたよ。
よくあるフレーズだけれど、世間は意外と狭いものなんだなって思った。
まさかこんなところで再会するなんて思いもしなかったから。
だから昨日はすごく驚いた。
でも、驚いただけ。
「……本当に、その、あの時は、ごめん」
「うん。ありがとう。謝ってくれて」
「…………」
「局長にはパンフレット渡しておいたから」
宇野が確かめるように真っ直ぐ僕を見つめた。そして僕も真っ直ぐ見つめ返した。
「それじゃ」
もう二度と会うことはないと思ってた。
彼のことがとても好きだった。
けれど、僕の気持ちの線は少しも寄れたりせずに、真っ直ぐ走ってる。
ただ一人へと。
真っ直ぐ走ってるんだ。
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