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第37話 星
真っ直ぐ、僕の中にある線はただ真っ直ぐ、彼に向かってる。
「あの」
このキラキラとしたアッシュグレーの彼へと向かってる。
「柴、くん?」
「!」
「駅、反対側だけど……」
そして柴くんはどこかへ真っ直ぐ歩き出してしまった。僕の手首を掴んだまま。
「……ぁ」
この辺りは僕もよく知らない。薬局の周囲を少しと、それから駅までのルートをいくつかしか知らない。
他は用事がないから来た事がなくて、全くわからないのだけれど、どこに向かっているのだろう。
ただ、僕は手首を掴んでいる彼のことが好きだから、振りほどくことなく一緒に歩いていた。
まるで僕のことを宇野からさらってくれたかのように思えて、手首から伝わる彼の体温が温かくて。
「えっと……俺、どうして……」
困惑しているようだった。柴くんが自身の手元を見て、僕の手首をずっと掴んでいたことに気が付いて、不思議そうに、じっとその手を見つめてる。
「何か、用事があって来てくれたんでしょ? ごめん。変なところ見せちゃって」
じっと、ずっと見つめてる。
「よくわかったね。あれ、って言ったら失礼だけど、前に話した一回だけ付き合ったことがあるのがさっきの人だよ。仕事も辞めたんだって。もちろん、その時に付き合ってた彼女とも別れたみたいで」
何か、考え込んでいるようだった。
「助けてくれてありがとう」
何を考えているのだろう。
いつもたくさん話してくれる彼が珍しく何も言わず、代わりに僕がそっと話をしていた。
「でも、大丈夫だよ。宇野にまで付き合ってるフリしなくても」
宇野から僕の家族につながることはないから。
「フリ……」
「うん。ありがとね」
また、ふと、柴くんが自分の手を見つめた。
「仕事、お疲れ様。遠方だったから疲れたでしょう? 帰ってゆっくり……あ、もしかして整髪料がなくなって買いに来たとか?」
「あ、いや、お土産を届けようと……」
「そうなんだ。ありがとう。帰ってからでもよかったのに」
「まぁ、そうなんだけど、葉山さん、動物、カンガルー好きって言ってたじゃん」
「あぁ、うん」
「だから」
そう言って、柴くんが紙袋を差し出してくれた。
「これ、お土産」
「……」
透明なビニールの袋に入れられたカンガルーの。
「近くに動物園があったんだ、中には入らなかったんだけど、そこの近くに動物園のグッズが売ってて。あー、葉山さん、動物でならカンガルーが好きなんだったって思って」
ペン立て。
「これなら、職場で使えるかなと思ってさ」
お腹のところのポケットにペンを入れられるようになってた。そしてカンガルーのお母さんがそのお腹を抱えるように手を前に持ってきていて。きっとペンを差したらカンガルーのお母さんがそのペンを抱えてくれているように見えると思う。
わざわざこれを届けに?
「ありが」
「それで持ってきた」
帰ってから渡してくれるんでもよかったのに。疲れたと思うし。僕なら遠方での仕事を日帰りでするだけでヘトヘトになると思う。父親の会社に入社してまもなく、研修の一環として、日帰り出張に同行したことがあるけれど、すごく疲れた。それでなくても柴くんの仕事は気配りが必要でしょう?
なのに僕は、外でのロケならダンサーの人とは会わなかったんだなぁなんてことを考えてしまった。ダンサーの人にはお土産とか、買って。
「あ、この衣装、青色が綺麗だな。葉山さんの好きな色だし」
「……?」
「アクション映画が好きって言ってたなぁ。これ観るかな」
「……」
「食べ物なんでも好きって言ってたけど、辛いの大丈夫かなぁ、とか」
「……」
「演者さんが持ってきたお土産のお菓子が美味くて、葉山さん好きかな、って思ったりとか」
「……」
「葉山さんの好きなものを探したり、これ喜ぶかもとか思ったり」
「……」
静かに。
「で、もちろん、今日も葉山さんが喜ぶかもってカンガルーのペン立て買って。昨日、着信があった時の葉山さんの様子がどうしても気になって、ここまで来てた」
静かにして。
僕の心臓。
「ずっと、葉山さんのこと考えてた」
いつもよりも落ち着いた声なんだ。駅と反対方向に歩いてきたから静かな場所だけれど、もしも車が横を走ったら、聞き逃してしまいそうなくらい、落ち着いた優しい声なんだ。
「フリ……」
「え?」
ほら、気を抜いたら聞き漏らしてしまう。
「フリ、じゃなくてさ」
よく聞いて。
「本当の彼氏になりたい」
彼が言うことを。
「って、思った」
聞き逃さないように、
もしかしたら、すごく驚くようなことを言うかもしれないから。だから。
「ずっと葉山さんの好きなものを考えてる」
だから、期待ではしゃぎそうになってる心臓、ちょっと静かに。
「さっきの人と葉山さんが話してるところを見たら勝手に身体が動いた。びっくりした。手、自然と掴んでた。相手が誰なのかなんて知らないかったのにさ」
じっと、彼が話すところを見つめてた。
アッシュグレーの髪色はわずかな街灯に照らされて、その向こうに広がる星空の中、とても綺麗に見えた。薄い円を描くようにわずかに見える月の真下には金色に輝くとても大きな星が見えた。キラキラと輝いて、本当に星なのだろうかと見つめてしまうほど大きく輝いてる。
「話してるところ見たら、勝手に身体が動いて、勝手に連れ出してた」
目が離せないくらい。
「だから、フリじゃなく、本物の彼氏になりたい」
大きな星が柴くんの頭上で輝いてた。
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