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第38話 落ちてるんだけど
自分の気持ちに気付いてすぐに思ったのは。
“僕なんて、柴くんの恋愛対象からそもそも外れてるのに。男は柴くんの恋愛対象外なんだってわかってるのに。
柴くんにしてみたら部屋を貸してくれるちょうどいい、女の子じゃないから気も使わなくていい、楽ちんな相手なだけなのもわかってるのに“
そんなことだった。
柴くんが僕に優しく接してくれる度に、こんなふうに考えて気にしないように、期待しないように気をつけてた。
“だって、柴くん、女の人が好きでしょう?
僕が太田リコさんに勝てるわけがない。そもそも勝負にならない。なのに――“
今は一緒に住んでいるけれど、それは「仮」のことでいつかは出ていくのだからって自制しようと頑張ってた。
“来月、医薬局に定期的に来る腰痛持ちの彼女が来た時はどうなってるかな。
先月は整髪料をたくさん買う謎の人だった。
今は一緒に暮らしていて。
来月は――“
それに柴くんにはダンサーの。
“うん。大丈夫……うん……あー、どうだろう……この前はナナミちゃんの方が雑誌の撮影あったでしょ?“
ナナミさんって人がいるでしょう? もしかしてそのナナミさんって人は、あの人なんじゃないかって思ってる。あの赤い髪の彼女。柴くんにメイクをしてもらって別人みたいにかっこいいアーティストになっていた。あんなふうに、その人の魅力を最大限に引き出せるだけじゃなく、こんな一面もあるんだって言うところを引っ張り上げてくれる。それはその人をわかってないとできないことだと思うし。そんなふうに自分の知らなかった魅力を引き出してくれる人のことはきっと好きになる。
僕みたいに。
嫌いだったくせっ毛を好きになった僕みたいに。
彼のことを好きになってしまう人は僕だけじゃない。
ナナミさんだけじゃない。
そんな素敵な人が僕を、なんてこと。
そんなことがあるわけないよ。けれど、今。
--本物の彼氏になりたい。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと、あのっ、い、意味、わかってま、す?」
「うん」
ずっと抑えてた。ずっと諦める方向に向かって歩くようにしてた。
なのに、こんなことってあるの?
そこで、はっと我に返って、そんなに都合のいいこと起こるわけないからと身構えた。けれど、そんな僕とは正反対に柴くんはすごくおおらかに「うん」なんて返事をしてる。
「うんって、ね、あの、僕、男だよ」
「うん」
ねぇ、わかってないでしょう? 柴くんの恋愛対象は女性で、僕は男で。全然違うでしょう?
性別が違うんだよ?
「俺も、ずっと不思議だった。いつも葉山さんのことを考えてたり、ご飯に誘いたくなったり、一緒に住みたかったり」
それはそのほうが便利だからだよ。男同士なら気兼ねしないですむし。一緒に住みたいって思ったのだって、その前の彼女のことがすごく心に傷になっていて、それで少し落ち着きたいっていうか。女性との交際に関して一休みしたいって思ったんだよ。だから、それは、僕じゃなくても。
「それは太田リコさんのことがあって」
「あー、まぁ、それはそれで色々あったけど、そこまでリコちゃんのことは」
あはは、ねー、結構俺その辺ルーズなんだ、なんて笑ってる。
「あの時、たしかに住む場所なかったけど、別にホテル暮らししながら、住む場所探せばよかったし。泊めてって言えば、泊めてくれる人いるだろうし。でも、葉山さんと一緒にいたいって思った。楽しかったよ。だからかなぁとも思ったけど」
いや、いやいや、いや。
わかってないってば。
全然わかってない。
遠方での仕事で疲れてるんじゃないかな。
お酒飲んでたりしませんか?
きっと気の迷いだよ。
何か、魔が差したんじゃない?
「もちろん、葉山さんのお姉さんが朝来て、彼氏のフリをした時は、ただ、葉山さんが困ってそうだったからだけど」
でしょう?
ないない。
ないってば。
こんなうまいこと。
あるわけない。
「けど、二回目、イタリアンにお姉さんを誘った時は、ちょっと違ってたっていうか、引き寄せたじゃん? カップル感出すために」
内心、心臓破裂するかと思ったんだ。
―― そんなわけで早く諦めてください。
柴くんの手は大きくて温かかったから。
「細いなぁって思った。ちょっと内心ドキッとした」
「!」
この手に包み込んで抱き締めてもらえる女性が羨ましかった。
「ほ、細いだけだよ。身体の作りは男だし。柴くんと同じ男なんだから」
「っぷ」
「ちょっ、何笑って」
そこで我慢しきれないみたいに柴くんが笑った。
ほら、やっぱり、気のせいだったでしょう?
少し冷静になれば――。
「いや、落ちないなぁって思って」
「んなっ」
頭冷やして。
冷静になれ。
自分。
柴くんは気の迷いだから。さっき気がついたみたいに言ってたでしょ? 明日になったら、昨日のあれはちょっと勘違いでしたってなるから。その気になっちゃダメ。
「真咲さん」
「!」
ダメったら。急に名前で呼ばないでください。心臓、飛び上がってしまうから。
「早く、落ちてね」
落ちないってば。
っていうか、落ちてるんだけど。もうとっくに君に落ちてるんだけど。
「真咲さん?」
落ちてるんだけど、落ちないから。
「じゃあ、帰ろっか」
そう心の中で絶叫しながら。
「ちょっ、あの、手、手手手」
「繋いだまま帰るよー」
「はい? ダメでしょっ」
あの時、包み込まれたらどんなに気持ちいいのだろうと思った手の温かさに、目眩がしそうだった。
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