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第40話 名探偵は二人いる
ノーマルな人が同性を好きになる確率ってどのくらいなんだろう。
きっと、そんなにないよ。
あったとしても、ね。
ーーえ? 本気なわけないだろ? 男相手に。
そうなる。結局、最後は。
気の迷いとかなんじゃないかな。
柴くんの場合、とくにその前で殴られたりしてトラブルになったし、しばらく女性はこりごりって思ったんでしょう?
だからだよ。
それに女性にすごくモテるって言われてたんだから。きっと付き合った相手の数だってたくさん。飽きちゃったとかなんじゃないかな。僕は同性だから気兼ねしなくていいし、気楽で、初めてでしょう? 同性と暮らすのなんて。初めてじゃないにしても、久しぶりだったのなら、新鮮だったと思うし。何かそういう真新しさが良く思えたんじゃない?
ね、きっと、そうでしょう?
柴くんが僕のことを好き、だなんて。
「あら、かわいいペン立てね」
「!」
カウンターでふと手を止めて、昨日のことを思い出してた。気が付くとそのカウンターには、腰痛で月に一度、薬局を訪れるおばあちゃんがにっこりと笑顔で立っていた。
「……ぁ、すみません。あれ? 今日は」
腰痛のお薬? は、まだ少し先のはず。
「ふふふ、違うの、今日は普通のお買い物」
「あ、そうなんですね」
それならよかった。薬をなくしてしまった、とかなら別にいいのだけれど、もしも服用する量を間違えてしまっていたとかなら、大変なことになるかもしれないから。大急ぎで、ここではなく、行きつけの整形外科のほうへ行くよう話をしようと思った。
「かわいいペン立てがあったから」
そう言って彼女がカウンターに置いたカンガルーのペン立てを見てひっこりと微笑んでる。
昨日まではなかったペン立て。
それが一つ加わっただけで、なんだか気持ちが新しくなる。そして、いちいちペンを手に取るのが楽しくなる。
「お腹にペンを入れるのね」
きっと、柴くんもこういう気持ちだったんじゃないかって思う。
真新しいものに触れて、少し気持ちがはしゃぐような感じ。
髪型を変えると、どうだろうって鏡をのぞき込みたくなるように。新しい靴を履きたいからとどこかに出かけてみたりするように。
買ったばかりの服を着ると、気分も丸ごと変わるように。
初めて同性に興味を持って、新鮮な感じに、気持ちがはしゃいでるんじゃないかなって。
でもさ。
「楽しいペン立てね」
その新鮮さにはしゃぐ気持ちはすぐにおさまるものだって知ってる。
髪型もカットしてすぐはみんながふと声をかけてくれるし、自分もちょくちょく鏡を見てしまうけれど、翌日には普通にカットする前と同じように馴染んでく。新しい靴も、履いて数時間も外を歩けば、真新しさにはしゃぐことなんてなくなる。服だって同じ。
新鮮さはすぐに「日常」に馴染んでいく。水に絵の具の水滴を一つ落としたみたいに、あっという間にその色は透明な水に馴染んでほとんどわからなくなってしまう。
「贈り物? かしら?」
「え、あ、はい」
「まぁ、そうなのね」
「よく分かりましたね」
「なんとなくよ。私、勘がいいの」
そこで彼女はにっこりと笑って、楽しそうにしている。名探偵になれるかもしれないと、目を輝かせた。
「いつもサスペンスドラマを見て、犯人は誰だろうって考えてるからね、きっと」
「そうかもしれないですね」
「だってね。とてもかわいいペン立てで、いつもとても真面目にお仕事してくれる貴方が選んだにしてはユーモアたっぷりなの。あ、違うのよ? 貴方にユーモアがないと言うことではないの」
フォローをしてくれたけれど、僕にユーモアというものは備わってないですよ、大丈夫です、と笑った。
「きっとこのペン立てをくださった人はとても楽しい人」
「はい」
大正解ですと頷くと彼女がパッと表情を明るくして、それから、「それではそれでは」と次の人物像を言い当てようと、カンガルーのお母さんをじっと見つめてる。
「おしゃべりが好きそうよ」
「わ、すごい、大当たりです」
「ふふ」
たくさん話してくれるんだ。いつでもたくさん話題を、人を楽しませる術を持っている人。
「ちょっと子どもっぽいわね」
「そうかもしれません」
三つも言い当てられて、彼女は更にじっとカンガルーを見つめてる。眼差しは犯人を暴こうとする名探偵のように。
「そして、きっと貴方に笑って欲しいのね」
「……」
カンガルーのペン立ての向こうに送り主のシルエットを探すように。
「貴方のお仕事を少しでも手伝おうとしてるみたい」
そして、最後に彼女はカンガルーに優しく微笑むと、そのペン立てのカンガルーが抱き抱えるようにしているペンの上に飴を一つ置いた。ペンは斜めに入ってるから、飴玉を乗せるとまるでカンガルーのお母さんが飴玉も抱き抱えてくれているようになる。
「素敵なペン立てね」
「……」
「きっといつも頑張ってる貴方のことを応援してるんだわ。だから私も応援」
そして、犯人像を全て言い当てたでしょう? と、彼女は満足そうに笑っていた。
「今日はこのあと出掛けるのかな?」
「えっ!」
「え? あ、訊いちゃダメだよね。プライベートなことだった。失礼失礼」
「あ、いえ」
局長が申し訳ないって言って、残りの伝票処理を続けてる。
今日は早番だったから、僕はもう上がり。明日は休みで、これから僕は柴くんと、その。
「いや、なんとなく今日はいつもよりもオシャレというか」
デートに誘われたから。
「そう、ですか?」
すぐに新鮮さにはしゃぐ気持ちは、馴染んで、無色になってしまうだろうけれど。
「ちょっと出掛けるので」
「やっぱり!」
ここにも名探偵がいた。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
そしてその名探偵に見送られながら、すぐに無色になってしまうだろうけれど、それでも、やっぱりはしゃいでしまう自分の足元、今日一日汚れないように気をつけていた、新しいスニーカーで、待ち合わせ場所へ向かった。
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