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第41話 リベンジ

 そうなんだ。  今日は、新しい靴を履いてきたんだ。  少し前に買ったのだけれど、白いスニーカーで仕事で履いたらすぐに汚れてしまうだろうし、かといって、これを履いて出かける機会がなくて、そのまま、まぁ、いつか、としまったままになっていた。  それを今日履いてきてしまった。 「……いた」  思わず呟いてしまった。  待ち合わせした駅のオブジェは目印にするにはちょうどよいから、その周辺にたくさんの人がいた。その中で、まるでそこだけスポットライトでも当たっているみたいに、パッと自然に見つけられた。  柴くんだけ。  本当にすぐに見つけられた。 「真咲さん」 「あの、お疲れ様」 「それは真咲さんのほうでしょ。お疲れ様」  背が高いからかもしれない。他の人よりも頭一つくらい高いからなのかも。  アッシュグレーの髪色がきれいだからかもしれない。キラキラとして、いろんな髪色の人がいるけれど大半の人が暗いブラウンや黒だからなのかも。 「お腹空いた?」 「あ、うん」 「オッケー」  好きだからなのかもしれない。  すごく彼のことが好きだからなのかも。 「それ、新しい靴?」 「!」 「かわいいね」  デートだから、かな。 「じゃ、行こうか」  デートだから、新しい靴で、ちょっとはしゃぎながら、ここまで来てしまったんだ。 「うん」 「ここって……」 「あは、前に話したもう一か所の焼肉屋」  ぐるりと見渡して、なるほど、って呟いた。  これはなかなかに。  なかなかだ。  僕にはふらりと気軽に立ち寄ることは少し無理そうな店構えだった。あの、それは、えっと、この前、柴くんが連れてきてくれたところのような高級店だから、ではなくて。ちょっと、その、とても言いにくいのだけれど、古臭いというか、あまりキレイじゃないというか。いや、その清潔感がないってことじゃな……い、とも言えないけど。ほら……わ、ぁ……換気扇の真下、真っ黒だけど。 「っぷ、あはは。真咲さん、正直。顔にめっちゃ書いてある」 「! ち、違っ、これはっ」 「でも味は保証するから。この前、連れてったとこより美味いよ」  え。それすごくない? あの高級店の焼肉、すごくすごーく美味しかったよ。それよりも美味しいの? 「はいるよ」 「う、うんっ」  急足で、柴くんに続いてお店の中に入っていった。中は……外観と同じようにちょっと古くさいけれど、すごく食欲をそそる美味しそうなにおいが立ち込めていた。  柴くんはフロアを任されているのだろう五十代の女性に挨拶をすると、一番奥のテーブルへと向かった。  着席してすぐ、その女性がお水を持ってきてくれて。  柴くんがレモンサワーを二つ。それからお肉をリズミカルにいくつか注文してくれた。女性はそれを紙の伝票に書き込むと、優しく笑って、調理場の方へと向かっていった。 「ここ、本当に美味いから」 「うん」 「すごい前に、映画の撮影スタッフにさ、メイク担当で選んでもらって、その監督にここを教わってさ。けど、見た目がね、なんで、あんま人を連れてきたことなくて」 「……うん」  僕が即答してしまうのはお店の人に失礼だろうなって、答えに少し戸惑っていると、その様子にクスッと小さく笑ってる。と、そこにさっきの女性がナムルのセットとお肉を届けに来てくれた。柴くんが軽やかに、その女性にお礼を言って受け取ってくれる。  そういうところ、素敵だって、思うんだ。  さりげなくて、あたりまえのことのように、お礼を伝えられるところ。  人と接する仕事をしているから色々な人に遭遇する。腰痛持ちのおばあちゃんのようにとても朗らかな人もいれば、この前の閉店間際にやってきて声を荒げるような人も。薬局に来るのだから、みんなどこか体調が悪いのだろう。少しだけ心に余裕のない人の方が多いから、その人の本性というか、そういう普段なら包み隠しているものが滲み出てしまったりするのだと思う。そして、柴くんはいつでも誰にでも、こうやって笑顔でお礼が言える人で。  だからこそ、僕は好きになってしまったんだけど。 「前に焼肉屋に誘った時、セイが来てさ」 「あ、うん」 「失敗したって思った」  あ、それ。  僕、覚えてる。  待ち合わせていたらセイくんも来て、三人で食べることになって。予約一ヶ月待ちになってしまうような人気店って聞いてたけれど、きっと一人くらいなら大丈夫だったんだろうなって。  ――……失敗した。  そんなことを思ってたら、柴くんがそう呟いたんだ。  独り言のように。  でも僕は上手に聞き取れなくて、慌てて、聞き返したのだけれどなんでもないって言われて。  食べてる間はセイくんの方がよく話してた。 「あれさー……」 「うん」  柴くんもたくさん話す方なのに、セイくんの方がよく話してて、なんとなく、気のせいかもしれないけれど、むしろ柴くんは口数がとても少なくて、不機嫌な様子に思えて。 「あの時、真咲さんと二人で焼肉って、なんか楽しみでさ」 「!」 「そんで、仕事でその日一緒だったセイにぽろっと話しちゃって。そしたらついてくって言われて」  いつも朗らかで優しい柴くんの珍しい仏頂面に戸惑ったんだ。 「言わなきゃよかったって思ったんだよね」 「……」 「あの時にはもう好きだったんだろうなぁって」  どうしたのだろうって。 「だから、今日はリベンジ」 「!」 「二人で焼肉デートしたかったから」  あの時の僕は考えたこともなかったよ。砂粒ひとつほども、全く、これっぽっちも考えなかった。  柴くんに好きになってももらえるなんてこと。  デートに誘ってもらえるなんてこと。  好きになったところで叶うわけがないと、そう思ってばかりだったよ。

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