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第42話 あとちょっとで落ちちゃう

 繁華街は平日だろうと、夜、そろそろ十一時を過ぎてこようと人がたくさん行き来していた。人通りも多くて、賑やかな雑音にも、びっくりして瞬きをした。僕の住んでいる最寄り駅であればこの時間の、明日も仕事のある平日なんて街ごと眠りにつこうとしているみたいに静まりかえってるのに。駅前でそんなだから、こことはまるで違う。  それに、最近は夜に繁華街をうろつくようなこともしてないから余計に、こんなだったっけって。  驚いちゃって。 「めっちゃ食べてたね」  以前は、毎日のように、ここにいる人たちみたいに何かを待つように、何かを探すように、この賑やかな中にいたのに。 「うん。人生でこんなに食べたの初めてかも」 「そんなに?」  そう、そのくらい食べたよ。僕ってこんなに食べるっけ? って自分でも驚くくらいに。  でもそのくらいに焼肉、美味しかった。  この前連れて行ってもらった高級店もびっくりするくらいに美味しかったけれど、今日、柴くんが教えてくれたお店はもっとずっとものすごく美味しくて、大袈裟なんかじゃなく、こんなに美味しいお肉は初めて食べたって思った。  外観が、言いにくいけれど、ものすごく入りにくい見た目だったけれど、そんなの吹き飛んじゃうくらいに美味しかった。 「お腹、破裂するかもしれない」 「っぷは、でも確かに真咲さんほっそいのにどこにそんなに肉入んの? ってくらい食べてたもんね」 「うん。だってそのくらい美味しかった」  そう、本当に驚くくらいに食べたけれど、今、もうちょっと食べる? って言われたら、食べられちゃうくらい。お肉だけじゃなくてスープも美味しかった。僕が頼んだのがオーソドックスな野菜スープ。柴くんが頼んだのがピリ辛なユッケジャンスープ。ピビンバも美味しかった。料理なんてたいしてできないけれど、あれこそまさにプロの技なんじゃないかと思った。 「じゃあ、また来よう」  その時、大学生の一団が大きな歓声をあげたせいで、今、しっかり聞き取れなかった。  また来ようって、言ってた?  一緒に?  ふと顔を上げると、柴くんが僕のほうを見つめてた。目を細めて、少し頬が赤いような気がする。お酒もけっこう飲んだっけ。レモンサワーが甘くなかったから、焼肉にすごく合ってたんだ。僕もちょっと酔っ払ってるなぁって思う。  ほら、手、指先がジンジンしてる。  こういう時は酔っ払っている時だから。 「またデート」  僕と? 「あー、でも、真咲さんの休みに合わせてさ、動物園デートもよくない? カンガルーの観察」  柴くん、と?  デートする……の。 「おじさんみたいに寝てるカンガルーとか見えてさ。ほら、この前ロケで動物園の近くで撮影立ったって言ったでしょ? あそこ、楽しそうだったんだ。真咲さん連れてきたいかもって思った。けど、小学生の遠足みたいかなぁって」  デート、してくれる、の?  本当に? 「あとは王道だけど水族館とか?」  それはいつのことなんだろう。一週間先の話? それとも一ヶ月先? 「夏になったらさ、海とか行かない?」  夏はまだもう少し先だけれど。 「そろそろ梅雨入りって言ってたから、紫陽花とか見たり」  あの、そんな先にデートの約束なんてして、いいの?  それって、その頃まで柴くんは俺のこと好きでいるって、今、思ってる?  夏になった頃には、やっぱり女の子がいいって。 「映画もいいよね」  なってない? 「アクション好きでしょ? 夏頃に話題のアクション映画やるって言ってたよ」  女の子の方がやっぱりいいなって、なってない? 「俺は撮影に参加してないけど、あーセイが参加してた。そうそうそれでなんか色々話聞いててさ」  少し先だよ? だからその頃にはきっと魔が刺しちゃってる今を抜け出して、なんだか柴くんもあの頃はちょっと色々あって、判断力がおかしくなってたって思ったりするんじゃない? 「俺も去年、映画の撮影に参加してさぁ」 「……」 「映画の撮影って長丁場になるから大変で」  僕にしてみたら、柴くんが僕を好きになるのは夢の中の出来事に思えてしまう。明日にはパッと消えてしまうような。ふと、何か物音がした瞬間、画面が切り替わって、僕は自分の部屋の天井を見上げる。  ――あぁ、夢か。  そう呟いて僕は目を覚ます。 「あの時は思いもしなかったなぁ」 「?」 「自分が男の、薬局の店員さんを好きになるとは」 「……」 「こんなに好きになるとは思わなかった」 「……そ、」  僕はどう返事をしたらいいのかわからなくて。 「マジでさ、人生で初、こんなに好きになった」 「し、柴くん、酔ってる」 「酔ってるよ。じゃないとこんなクサイこと言わないでしょー」  僕も酔っ払っている頭をどうにかフル回転させて、この夢見心地の中で、自分が調子に乗ってしまわないように必死に込み上げてくる期待感を押さえ込んでる。 「っ、でもっ、あのっ、僕っ」  明日には目が覚めちゃうよ。  これは夢の中の出来事だって。そう一生懸命に気持ちをぎゅっと上から押さえて、押し戻して。期待が膨らんで弾けてしまわないように。 「柴、」 「あれ? この前の、マサキ?」 「「!」」  賑やかな雑音の中から突然、ぽんって、ボールを投げ込まれるように耳に届いた知らない声に、振り返った。 「覚えてる? 覚えてないか……一回っきりだもんね」  男性が一人立ってた。  覚えてる。 「こんばんはー」  一度、セックスをした相手だったから、名前は覚えてないけれど、顔は。  なんとなく、覚えてた。

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