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第44話 真っ赤な林檎

 繁華街の一角。ここはどこなんだろう。焼肉屋さんを出て、きっと駅の方に向かっていたと思うけれど、さっき、あの場から立ち去って、駅とは反対の方向に歩き出しちゃったから、今、自分たちがどこにいるのかちっともわかってない。  けれど、人通りは少し落ち着いていた。  路地は狭くて、車は入れないような場所。イルミネーション、とまではいかないけれど、路地の両端に等間隔で並んだLED照明が道端を照らしてくれていて、少し、綺麗だった。  そんな場所で彼に手を掴まれながら、ポツリと呟いた。 「好き、です」  声が震えた。  変な声になっちゃった。  言った瞬間に何かがふわりと飛んでいっちゃうかもしれないって思った。  顔、見れないよ。  今どんな顔してる? 困ってる? 驚いてる? 後悔、したり、してる? 男に好きと言われた瞬間、引いたり、して、ない? 「…………ぁ」  僕もです、なんて言った途端に、柴くんはサーっと冷静になったかもしれない。  さっきの、あの人の発言が今になって響いて来てるかもしれない。そもそも、ああ言ってくれたけれど、柴くんはいつだって優しいから、あの時は助けてあげないとって思っただけかもしれない。いつもみたいに。でも、そんな一夜限りなんてことをしてるような奴だとは思ってなかったって、内心呆れてるかもしれない。  好き、じゃなくなったかもしれない。 「あの、柴、くん?」  僕の手を掴んだままでいてくれているけれど、どう思ってる?  柴くんの手だけをじっと見つめていたけれど、返事がなくて。返事がないことに途端に怖くなってくる。たった今、今だけのことでもいいから、あとでフラれるのだとしてもかまわないからって、思ったはずなのに。ほら、足元から、あの時の悲しい気持ちが蘇ってくる。  また、あんなふうにって。 「か、帰ろうかっ、ごめっ、今のはやっぱ、急に驚いたよね。あは、は」 「真咲さん」 「!」  名前を呼ばれた。柴くんの声は優しい音をしていた。  だから、恐る恐る、視線をそっと、そーっと動かしていく。  柴くんはどんな表情をしているのだろうと、顔を上げ……た。 「!」 「……やば」  真っ赤、だった。 「今の、本当?」 「え」 「今、真咲さんが言ってくれたのって」  まるで林檎みたいに、真っ赤だった。 「やばー……」  だって、柴くんが真っ赤になりながら、口元を手のひらで覆い隠してる。ぼそっとそんなことを呟いたっきり、僕から目を逸らしてる。 「あー……マジか」  いつも目を見て話す人がこっちを見ていられない様子で、困った顔をして、看板の明かりのせいで星は見えないだろう僕の頭上の空を見上げてる。  でも、その視線がゆっくりと降りてきて、僕と目が合った。 「好きな子に好きって言ってもらえるのって、こんなに嬉しいんだっけ?」 「え?」 「すご」 「……!」  そう、柴くんが呟いた瞬間、だった。  くらりと足元が、トランポリンの上にでもいるかのように跳ね上がったのかと思った。けれど、跳ねたのじゃなくて、柴くんが僕を引き寄せて、よろけたんだった。 「!」  驚いて、しまった。  ここ、外、なのに。 「っぷ、すご、めちゃくちゃ驚いた顔してる」 「そ、そりゃっ」  そうでしょう? びっくりするでしょう?  だって、外なのに。  いきなり、キスとか、普通しないでしょう?  一瞬で触れて、離れて  何かのアクシデント? って思うくらいに唐突にキスなんてするから。 「嬉しくてつい」 「つ、ついって」 「あはは」 「わ、笑って」 「いや、嬉しいからなんか笑顔が直らない」  直らないって。 「ね、ねぇわかってる? あの、さっきの人が言ってたけど、僕は」 「帰ろっか」  ちょっと聞いてる? ねぇ、柴くん。 「早く帰ろう」 「待っ、あのっ手」 「繋いだまま」 「ちょ、柴くん、それはちょっと」  ノーマルな恋愛ならそれもいいんだろうけど、でも、僕らは同性だから、あまり手を繋いで繁華街を歩くのは目立つよ。それでなくても柴くんは目立つんだから。 「あのっ」  ねぇ、柴くんってば。 「あー、電車、ちょうど直通のがあるかも」 「え」 「少し急ぎ足」 「えぇっ」  本当に。 「そしたら、けっこう早く帰れるよ」  好きと、言ってしまった。  柴くんに、好きって伝えてしまった。  今だけかもしれないのに。また、あの時みたいに苦しい気持ちになるかもしれない。あの時、すごく嬉しくて有頂天で、けれどその分、そこから突き落とされた落差はものすごかった。とても苦しかった。同じになるかもしれない。だってこの人の恋愛対象にそもそも僕は入っていなかったのだから。やっぱり女性が良いって、いつかどこかに行っちゃうかもしれない。  それでも。 「! 真咲さん?」  それでも。  柴くんがやっぱり好き。 「ありがと」  今、僕が思わずぎゅっと握ってしまった手に、柴くんが少し驚いて振り返って、僕の顔をじっと見つめてから、笑ってくれた。  さっき好きだって伝えたら、林檎みたいに真っ赤になってくれた。  ほら、チラチラと視線を感じるけれど、それでも僕が強く握り返してしまったこの手を、もっとちゃんと掴んでくれた。 「僕、こそ」  もうそれだけで、何より幸せだって思った。

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