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第49話 幸せそう

 満たされる、ってこういうことを言うのかもしれない。  なんて。  ちょっと自分でも恥ずかしくてたまらないんだけど。  でもそんなことを思うくらいに、なんか、ずっとあった「足りない感」がなくなってしまった。  ずっとあった、何か食べたいのに、何を食べてもこれじゃないっていう感じ。  どれを食べても。  誰と、その。  セックス、しても。  その時はすごく気持ち良くて、あぁ、満足って思っても。  次の日にはもう物足りなくて、またしたくなっていた。  それがなくなった。  じゃあ、僕が欲しかったものって、ずっと足りないって思っていたものって、つまりは――。 「あ、局長、おはようございます」 「? ん?」  今日は早番で僕のほうが局長よりも先に出勤していた。局長がやってきたのがお昼の少し前。そして僕の顔を見るなり、なんだか不思議そうに首を傾げてる。 「んー?」  な、なんでしょう。  ものすごく不思議そうに首、傾げられてる。 「何かいいことあったのかな?」 「!」 「ニコニコしてる」 「!」 「いや、いつもカウンターでは笑顔で接客してくれてるのだけれど、うーん、なんというか、なんだろう、なんと言ったらいいのか……うーん」 「そ、そそそ、そうですか? そんなことはないですよっ、あの、はいっ、すみません。品出ししてきます!」 「はい。いってらっしゃい。ありがとうね」  いいえ、とんでもないですっ! と声がひっくり返りそうになりながら、調剤薬局のカウンターから逃げるように飛び出した。  何かいいことあったのかな、って言われちゃった。  そ。 「……」  そんなに顔に出てる?  局長から見えない商品棚の影に隠れてから、そっと自分の頬に手のひらを当ててみた。心なしか熱い気がする。顔、赤くなったりしてないよね?  いつもどおりにしているつもりなんだけど。  え、えぇ……浮かれてる?  いや、まぁ、その、ちょっと浮かれてはいますけど。  だって、だって。 「にやにやしてる」 「だっ!」 「……っぷ」  急に背後から話しかけられて、変な声が飛び出ちゃった。 「だっ! って面白い返事」  だって、いきなり話しかけられたから、でしょう?  振り返ると柴くんがそこにいた。そして、そんな変な声を出した僕をじっと見つめて、数秒後、吹き出すように小さく笑った。 「し、柴くっ……」  声、お店に響いちゃったでしょう? 慌てて最後だけボリューム下げたけどさ。 「ごめん。急に話しかけて」 「……いえ」 「今から俺仕事」 「……はい」 「で、ヘアワックス買いに来た」 「……はい」 「あと、真咲さんの体調も気になったので見に来た」 「! だ……イジョウブ、です」 「っぷ」  また笑ってる。 「ぎこちないのかわいい」 「は、はい?」  可愛いわけないでしょう。真っ赤な顔して、良いことあった? なんて局長に言われちゃうくらいニヤニヤしてて、変な声あげちゃうような人なんて。不審がられることはあっても。 「体調、大丈夫そうでよかった。あと、これ、買います」  手の中にあったのは、前にお気に入りだって言っていたヘアバームだった。 「は、はい。レジへご案内します」 「はーい」  ぎこちなくならないように気をつけながら、にやけているかもしれない口元をぎゅっと結びながら歩き慣れた店内をまっすぐ進んでいく。  今日は、本当にけっこう遅くに仕事が始まるんだ。  朝、一緒にご飯を食べてる時にそう教えてくれていた。  朝食は、仕事に向かうのが僕よりも遅いからって全て柴くんが用意してくれて、それを向かい合わせで食べながら、今日一日、お互いの予定を話して共有した。  僕は早番で、柴くんは出勤が遅くて。  けれど、帰りもそんなに遅くならないって言ってた。  昨日はずっと部屋で二人で過ごした。僕の体調を気遣ってくれて。  抱いた、から。  無理はしてないか、身体に違和感はないかって。  もちろん、セックス後はもっとたくさん気遣ってくれてた。けれどその翌日はお互いにオフだったから、どこか出掛けてもよかったんだけど。部屋でゆっくりしたいってあえて柴くんが言ってくれて。そんな慎重にしなくても大丈夫なのだけれど。高い棚に手を伸ばそうものならすぐに駆け寄って代わりに取ってくれるし。部屋の掃除は全部一人で済ませちゃうし。  付き合っていた、と思っていただけだったけど、宇野はこんなにじゃなかった。  だから、一晩限りの相手なんて尚更で、まぁ、盛り上がって激しかったりすると、その事後に気遣われることはなったけど。  柴くんが甲斐甲斐しいのか、通常、女の子ってこんなに大事にされてるものなのか。  まるで自分が宝物にでもなったみたいで。 「商品、いただきますね」 「はーい」  くすぐったい。 「真咲さん、今日、夕方でしょ?」 「? うん」  コクンと返事をすると、まるで花束でも差し出されたみたいに、柔らかく優しく微笑んでくれる。 「じゃあ、今日、夕飯外で食べようよ」 「うん」 「迎えに来るから」 「え、いいよ。僕が電車でそっちに行くから」 「平気?」  ほら、くすぐったい。 「平気。電車に乗ってるだけだし」 「じゃあ、またあとで連絡する」 「うん」 「それじゃあ」 「うん」 「仕事、無理しないでね」 「平気」  ね? だから仕方ないよ。 「またね」 「うん」  こんなに大事にされていたらくすぐったくて。  ―― ニコニコしてる。  口元なんて緩んでしまうに、決まってるでしょう?

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