58 / 60
第58話 ふと、ふわり
恋愛映画は一番観ない。
ノーマル、ノンケの人だって、ゲイ映画観ないでしょう? だって、自分に置き換えられない。違和感の方が強いでしょう? それと同じ。男女の恋愛を自分がしないから。
それになにより、過去のことがあるから恋愛そのものを否定してたし。
僕には関係のない男女の恋愛映画のワンシーン。
その次に観ない映画は家族映画。
だって、家族にとって僕は異物でしかない。
あの家から早く出て行きたくて仕方なかった僕には「家族」の映画を観ても、共感できそうなところが見当たらないって思いそうで。
それに僕は自分の家族を映画の中のような「家族」にさせてあげられそうにないから。
申し訳ない気持ちになるんだ。
だから家族映画は恋愛映画の次に苦手、なのだけれど――。
「はぁ……よかったぁ……」
「っぷ、それ、真咲さん百回目位だと思う」
「さ、さすがに百回は言ってない、よっ」
言っても、五十回……くらいだと思う。
小さくそんな抵抗を呟くと柴くんが「っぷ」ってまた笑ってる。
「……面白かった?」
「うん。すごく」
「なら、よかった」
恋愛映画は観ないんだ。
恋愛には程遠いところに僕はいるから。
けれど、柴くんがこの映画のメイクを担当したって聞いて、観てみたくて。
「最後のウエディング姿綺麗だったね」
「あー」
「あのメイクも柴くん?」
「一応ね。もう撮影自体は去年一月とかだったから、お蔵入りしたのかと思った」
「えぇ、そんなに?」
恋愛映画を、観てしまった。
しかも泣いてしまった。
素敵なお話だったから。
主人公の女性はずっと幼馴染のことが好きだった。けれど、その幼馴染は今や大人気のアーティスト。雲の上だと思った主人公は距離を取っていたのだけれど。
実は、歌手になったきっかけは幼馴染の主人公へ綴ったラブソングで。
ずっと両想いだったなんてさ。
最後がまた素敵なんだ。まだ勇気が出ず半信半疑の主人公へ、そのラブソングを歌うシーン。本当に観客を募って撮影した本物にしか見えないコンサート。
「あのコンサートすごいね」
「あー、あれ、大変だった。寒くてさぁ。屋外だったから凍え死ぬかと思った」
「そっか。撮影一月って」
「そ、だから、リップライン引くのが大変でさ」
そう言って、柴くんがその当時ガタガタ震えながらリップラインを引いたとジェスチャーで教えてくれる。手を大袈裟なくらいに上下に揺らして、ものすごく怖い顔で、空に向かってラインを引く真似をしている。
「あはは」
そっか。あの感動のコンサートシーン。主人公の女の子のお化粧はそんな苦労の中でしたものだったのか。
「……アクション映画でもよかったのに」
「ううん」
今日は映画のデートに誘ってもらった。
面白そうなアクション映画やってるよって教えてもらって一緒に観に来たのだけれど、映画館に入ると、柴くんが「あ、この映画、今やっと上映なんだ」って、小さく呟いた。僕はなんのことだろうって、尋ねて、柴くんがスタッフとして加わっていたと教えてもらった。
それが今さっき見終わった恋愛映画だった。
色々な事情で上映が延期されていたけれど、ついに、って大々的に看板が掲げられていた。
見ないわけ、ないでしょう?
エンドロールで柴くんの名前を見つけた時は、大はしゃぎしたくて、ちょっと前のめりになってしまった。みんながそろそろいいかなって立ち上がり始めた中で僕だけスクリーンに齧り付いてしまった。もちろんパンフレットだって買ったよ。そこに柴くんの名前が載っているから。
柴くんは、端っこだよ、とか言って、ちっとも誇らしげにしないけれど。
僕は、柴くんの名前を見つけたことが嬉しくて。
「それに楽しかったよ」
「……そう?」
「うんっ」
「俺も、かな」
「?」
映画館を出ると、少し、風が出てきて、日中の強い日差しで熱っていたアスファルトをゆっくり落ち着かせてくれ気がした。
「俺も、映画楽しかった」
そして、心地いい風に高揚感が溢れた気持ちをふわりと少し整えてくれる。
「まぁ、少し、リップラインは気になったけど」
「えぇ? そう?」
「いや、もう少し、唇もぷるんとさせたほうがよかった気がする」
「ふふ、プロ意識」
「まぁね」
リップライン、以外は気にならなかったのでは? って思う。だってとても主人公の女の子は魅力的に見えたから。可愛らしかったし、表情は目を惹きつけるものがあったように感じられた。きっとそれは柴くんのメイクの巧みさも関係している気がする。
「いい映画だったって、今度職場でも広めとく」
「そ? ありがと」
「うん」
「あ、ちゃんと恋人と見ましたっって付け加えてね」
「え?」
「牽制」
「えぇ?」
そんなのは。
「……真咲さん、髪伸びたね」
「? そう」
「また、切ろっか」
「え、いいの? あの、プロなのに」
そういえば。
「いいよ。サービス」
「えぇ、素晴らしい技術には対価を」
「あはは」
前に、セイくんに言われたことがあった。
「じゃあ、対価は真咲さんで」
「! そ、それ、対価にならなくない?」
「なるなる。すっごいなる」
僕の髪を柴くんが切ったことを、驚かれたことが、あったっけ、って。
「いつ切ろうかぁ」
ふと、思い出した。
ともだちにシェアしよう!

