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第61話 無邪気
「全然違います」
藤野さんがキッパリとそう言いながらかき集めた枯葉やタバコの吸い殻、小さなゴミをちりとりの中へとはいていく。
「そ、そう?」
「はい! もう全然っ、葉山さんの肌が艶々です!」
艶々……って、光ってる? テカってる?
「卵肌!」
卵……確かにツルツルだけど。卵の表面って。
「あの乳液やっぱり良いんですよ。成分バッチリでしたもん。私も、今使ってるのを使い切ったらそれに変えようかな」
「うん」
藤野さんとは大学の話に加えて、スキンケアの話もよくするようになってた。成分まで調べて商品チェックなんてちょっと細かいけれど、薬剤師になりたい藤野さんらしくて面白いなぁって。僕もやっぱりそういうタイプなんだろうなって思う。逆に柴くんはその辺、勘で選んでるのかな。野生の勘というか。柴くんってどこか自分の感覚を頼りに動いてそうだから。
「これからの季節は日焼け止めも必須ですよ」
「たしかに」
もう僕は仕事を終えて帰るところだった。外に出ると藤野さんが外の清掃を担当していて、少しおしゃべりしている。ちょっとここで。
「こーんばんは」
「!」
柴くんと待ち合わせだったから。
「……こんばんは」
藤野さんは突然親しげに挨拶をしてきたアッシュグレーの人に不思議そうな顔をしてた。そして、柴くんが僕の隣に立つと、柴くんがニコッと笑いながらお辞儀をして、その様子に藤野さんは不思議そうな顔をしながらもぺこりとお辞儀をしてる。
「仕事お疲れ様ー」
「う、うんっ、あ、あのっ藤野さんっ、それじゃあ、僕はここで」
ちょ、ちょちょ。ちょっと。
柴くん。
あの、声をかけちゃったら、ダメでしょう?
「それじゃあ、さようならっ」
「はい……お疲れ様です……」
慌てて、柴くんを彼女の不思議そうに見つめる視線から遠ざけるように、早足でここを離れていく。
早く、柴くんのことを隠さなくちゃ。
アッシュグレーの髪色は目立つでしょう? 藤野さんは大学があるから夕方から夜にかけてシフトが入ってることが多い。柴くんはその時間帯に来ることはほとんどなくて、大体、平日の昼間だから、多分、お店の中で遭遇したことない、と思うけど……でも、もしも遭遇していたら、一目見れば覚えちゃうと思うんだ。
けっこう、お客さんって自分のことを店員が覚えてないと思ってると思うけど。案外そんなことなくて、店員って覚えてるものだから。いつも夕方、ビールとアイスを買っていくスーツ姿のサラリーマンさん、朝、お惣菜パンを三つと脂肪を減らすお茶を買っていく作業服の男性、嬉しそうにデザートを買いに来る白衣姿の女性。多分、近くの歯科医院の人だと思う。そんなふうに、服装とか外見の特徴と合わせて覚えてたりするものだから。
柴くんのことだってこのアッシュグレーの髪色で覚えてるかもしれない。
「あの人が、藤野さん……」
「? そうだけどっ」
あの人、よく薬局に来てる人だって思い出しちゃうかもしえない。
「なるほど……」
「? 柴くん?」
だから、彼女が思い出す前に急いであそこから離れて、スタスタと歩いてた。
「もう、びっくりした」
「そう?」
「だって」
「さっきは敢えて挨拶しちゃった」
「?」
なぜ、敢えて?
「まぁ、いわゆる牽制です」
牽制って……。
「けっこう最近、真咲さんの話の中に彼女のことが出てくるからさ。仲良いなぁと」
「……っぷ」
「いや、笑うとこじゃないから。だって、最近、本当によく彼女のこと言うじゃん」
それは仕方ないよ。
「彼女に色々教わってるもん」
「もん、って……かわいいなぁ」
「かわいくはないけど、でも、友だちだから」
「……」
最近できた、友だち。学生の頃はちらほらいたけれど、でも、みんな社長とか経営者になるために学校を選んでいるからか、競争心がすごくて、僕は少し、異物だなって自分で感じてしまっていた。もちろん自分の恋愛対象のこともあったんだと思う。どこか馴染めなくて。親しく話をするクラスメイトはいたけれど、「仲が良い」と言い切れるような友人は作れなかった。
もちろん、父親の会社に勤めると、今度は自分の家族のことがどこか引け目になってしまって。仲の良い同僚はいたけれど、やっぱり友人は作れなくて。
「藤野さんは親しくさせてもらってる友人です」
だから、彼女はほぼ初めてに近い、僕の「友人」なんだ。
それに性別で人を判断するわけじゃないけれど、女性だから、僕が彼女を好きになることはきっとない。きっと無理。だから牽制なんて必要ないことだよ。
「そうだ。真咲さん、今度展示イベント行かない?」
「? 展示?」
「そう、プロジェクションマッピングと体験型、大人向けアトラクション。新しくできたんだそのプレオープンイベントにどうぞって言ってもらった」
わ。なんだか、すごく楽しそう。しかもプレオープンのイベントなんて、普通は行けないのでは。
「デート」
すごく、嬉しい。
「うんっ」
「っぷ、あは」
「?」
「やっぱ、可愛い」
「えぇ? 柴くんのかわいいの基準って」
思わず、つい、声が弾んでしまった。
そんな僕に柴くんが笑っていた。無邪気に笑ってくれていた。その笑顔が僕はとても好きだった。
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