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第62話 っ

 ネットで調べるとすごく話題になってるアトラクションだった。  アトラクションって言っていいのかな。特設イベント会場で期間限定で夏休みの間だけのもののようで、若い人たち大注目、みたいにホームページに書かれていた。  それのプレオープンなんて。  ーースタジオの建物の受付エリアで待ってて。打合せ終わったら行くから。  そう言ってたけど、ここでいいのかな。  スタジオ、なんて場所は僕には不慣れで、心細さと手持ち無沙汰に、キョロキョロと周りを伺ってしまう。  人、誰もいないのだけれど……。  どうしても今日でなければならない打合せがあって、柴くんとはそのプレオープンの特設イベントへ行く前にスタジオに行かなければ行けなくなってしまった。  だから待ち合わせをそのスタジオのところですることになったのだけれど。  都心部の高級ブランドが路面にずらりと並ぶ道を通り過ぎて、マップに記されたスタジオに到着して。真四角の、窓のない建物は、ぎゅうぎゅう詰めに隙間なく立ち並ぶたくさんのお店とそのお店を行き交う人々の中にゴロンと転がったダイスのようだった。そっと中に入ると人が全くいない。警備員さん? が一人いるだけで、他に受付って言っても受付係みたいな人がいるわけじゃなくて。うろうろしてしまっていたら警備員さんが見るに見かねて色々教えてくれた。  真っ赤な一人掛けのソファに座って、ちらちらとスマホを確認して。  まだかなぁって、柴くんが打ち合わせを終えて来てくれるのを待って――。 「あっ」  小さな声がして、僕の足に、コツンって何かが当たった。 「ごめんなさいっ」  ハンド、クリーム?  花柄のチューブ、手のひらとちょうど同じくらいのそれがツルツルとした石のタイルの上を滑って僕の足元で止まった。 「ぁ、いえ……」  それを拾って、落とし主に返そうと……した。 「ありがとうございます」  それを落としたのは、真っ赤な髪の女の子だった。  長い真っ赤な髪は、目にも鮮やかで、きっとここに来る途中の大通りで、溢れかえるような人の多さの中でもすぐに見つけられると思った。  彼女、を、知ってる。  以前にスタジオで歌番組の収録現場を見学させてもらったことがあった。  その時に、柴くんが彼女のメイクを担当してた。今はきっとほとんど素顔なのだろう。少しお化粧しているかもしれないけれど。すごく可愛らしい人で、僕はあの時、メイク前だった彼女を見て、そう同じように、可愛いと思った。  でも、柴くんがメイクを終えると、すごくかっこよくて、すごく綺麗で。  びっくりしたのを覚えてる。  メイクをする前は確かに赤い髪も、目鼻立ちの整った感じも、目を引く、とは思うけれど。  柴くんがメイクをし終えた彼女は「アーティスト」だった。表現者って感じがすごくした。  そしてステージに立った彼女は才能の塊って思った。 「あ!」 「!」 「貴方、壱都くんの!」 「!」  知って、る? 「こんにちは」 「こんにちは……」  僕のこと、覚えて、た。 「初めましてー私、ダンサーのナナミです」  あ。 「すみません。急にー」 「……いえ」  やっぱり、この人がナナミ、さん……だ。 「あのー」  柴くんのことを好きな、女の子。 「ぁ、すみません。僕、葉山、です。葉山真咲」 「真咲さん!」  っ。  って、彼女が僕を真咲さんって呼んだ時、小さく胸の内でだけ、、小さく、きゅっと何かが詰まった。 「あ、の」  真咲さんって。  柴くんが僕を呼ぶ時、そう呼ぶから。  ちょっとだけ、だけど、そう呼んで欲しくないな、なんて思ってしまった。 「あー、急に話しかけたら、びっくりしますよね」  柴くんと同じように僕のこと、呼んで欲しくない、なんて。 「前に、壱都くんがスタジオに真咲さん? のこと呼んでて」  思っちゃった。 「壱都くんって、友だちとか、仕事場に連れてきたことないから、覚えてたんです」 「……」 「セイヤくんが、あ、スタイリストの人なんですけど、壱都くんとも仲良い人で」 「知ってます」  僕だって知ってる、そんな気持ちが、彼女に小さく噛み付くような返事になってしまった。けれど、彼女はおおらかににっこり笑って、そうなんですねー、って答えてくれる。 「壱都くんが誰か連れてきてるって言うから、すごく気になっちゃって」 「……」 「だから、覚えてたんです」  ずっと笑顔だ。 「ほんと、すみません。急に話しかけちゃって。で、あの時、壱都くんが珍しく連れてきた人ってどんなだろうって、気になって」 「……」 「はぁ、そっかぁ。そうかもって思ったけど、そっかぁ。」 「……」 「やっぱ、そっか」  そこで彼女はひらりと振り返った。長い赤い髪が彼女の動きに合わせて、ひらひらと踊ってる。そう、すごく綺麗にケアしてある赤髪は艶めいていて、彼女の激しいダンスと相まってとても素敵だった。 「あの」 「はい」 「今、来たんじゃ」  彼女は入ってきた扉の方へ向かって歩いて行こうとしていて、僕は思わず、まるで引き止めるように声をかけてしまった。 「あー、いえ、壱都くんが今日ここで打ち合わせしてるって聞いたんで、来ただけなんです」  それって。 「けど、やめときます。お疲れ様です」 「……いえ」  それってやっぱり、そうなんだ。 「……」  あの人も、柴くんのことが。 「ごめんなさいっ。あの、今日、私がここにいたこと、内緒にしてもらっていいですか? かっこ悪いし」  好きなんだ。

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