63 / 73

第63話 いつまで

 やっぱりあの赤い髪の人がナナミさんだった。  でも、そんな気がしてた。  あの赤い髪の彼女は、柴くんにメイクをしてもらった時、すごく嬉しそうに表情を輝かせていたから。柴くんには自分の魅力をわかってもらえてるっていう、安心感と、感動が表情に表れていた。  嬉しい、でしょ?  僕だって、嬉しかった。  自分のことをちゃんと見てくれてるような、素の自分を見つけて出してくれたような。  彼女は明るくて、親しみやすそうな人だった。  僕とのこと、わかってたようだった。  僕が、柴くんと付き合っていること。  けれどそのことに偏見なく、接する「素敵な人」だった。  柴くんと近い世界にいた彼女なら、きっと柴くんが女性にすごくモテることはわかってると思う。けれど、今付き合ってるのが男性で、芸能人でもなく、アイドルでもなく、ただの普通の人なのもわかって。  嫌だなって思う人だっていると思う。  どうして男の? って。  なんで? って。  きっと魔が差しただけなんでしょ? って。  本人である僕だって、最初そう思ったくらいだもの。  女性である彼女が疑問に思ったり、不満に感じたりしてもおかしくないと思う。  もしもそういう差別はしないにしても、さ。  僕はただの薬剤師だもの。  彼女のように才能があるわけじゃない。表現者って、才能ないと難しいでしょ? ダンサーなんて特別な仕事は到底無理だとしても、柴くんみたいに人を輝かせることができるわけでもない。才能なんて持ってない。キラキラと輝くステージに立つわけでもない。  ただの平凡な薬剤師だ。  そんな僕が、柴くんの相手だなんて不似合いだって思う人だってきっといる。  けれど、彼女はとても素直に受け取っていた。  ーーはぁ、そっかぁ。そうかもって思ったけど、そっかぁ。  とても残念そうにしてた。不満、じゃなくて残念。僕が柴くんの恋人なことを不満に思わず、ただ、自分の想いは叶うことはないのだろうという残念な気持ち。  ――けど、やめときます。お疲れ様です  そう言って、少し悲しそうな顔をして帰ってしまった。  きっと柴くんに会いに来たのに。顔が見たかったんだと思うのに。  ーーごめんなさいっ。あの、今日、私がここにいたこと、内緒にしてもらっていいですか? かっこ悪いし。  ナナミさんが嫌な人だったらよかった。  どうして男なんてって、すごく嫌な顔をしてくれたらよかった。信じられない、男同士でって、偏見を持ってくれたら、僕もそんなことを言う人になら、対抗できたと思う。  けれどーー。 「真咲さん?」 「!」  名前を呼ばれて、パッと顔を上げると、柴くんが真っ暗な中、青と白の光を浴びながら、こっちを見つめていた。 「あ……」 「平気? プレって聞いてたけど、けっこう人いるね」 「うん」  柴くんのアッシュグレーの髪はこの暗闇の中に絵を描けそうなほどはっきりと色を持つ光に照らされてとてもきれいだった。 「少し休憩する?」 「……ううん」  僕が、人に酔ってしまったって思ったんだと思う。  様子の変化をすごく察してくれる人だから。心の動きを敏感に感じ取ってくれるから伝わってしまったんだ。  僕がさっきからずっと、ちらちらと頭の片隅で彼女の赤い髪色を思い出してしまうことに。彼女のことを思い出す度に、ズンって気持ちが重くなることに。 「大丈夫だよ」  だって、彼女、良い人だったんだ。  すごく良い人で。 「あ、あっちのエリア、ホームページに出てたとこだ。行ってみよ。真咲さん」  柴くんに、お似合いって思ってしまったんだ。 「……うん」  僕なんかよりもずっと、彼女と、ナナミさんといる柴くんの方が良いと思ってしまったんだ。 「おはようございまーす、葉山さん」 「あ、藤野さん、おはよう」 「昨日、出かけたところ、楽しかったですか?」  つい浮かれて、話してしまったんだ。大学生の彼女なら、こういう場所詳しいかなって思って。 「ぁ……うん。楽しかったよ」 「そうなんですねぇ。いいなぁ。プレオープンなんて。すごかったですか?」 「ぁ……うん」  そんなに覚えてないけれど。  昨日の僕は上の空過ぎてしまった。柴くんもすごく心配しててくれた。だから、その、昨日はデートだったのに、セックスはしなかったんだ。体調が悪いと気にしてくれていた。  笑顔がうまく作れなかった。  だって、彼女となら柴くんはいつも通りに交際ができる、でしょ?  セックスする時だって、準備、いらないし。  人目だって気にする必要はない。  それに何より。  ―― 結婚もできない、家族も作れない、そんな関係長続きするわけないでしょう?  姉さんの言葉が頭の中でぐるぐると回ってる。  もちろん、そんな先のことなんて考えてない。そんな贅沢なこと思ってないよ。柴くんとずっと、なんてこと。夏くらいまでかもしれない。秋もまだ、続いてるかもしれない。冬、に僕らが続いてるなら、それはすごいことだと思うし。  もしかしたら、あと一か月かもしれない。  ううん。  一週間かも。  今の関係がいつまで続くのかなんてわからないけれど、でも、ずっと、とか、永遠に、なんてこれっぽっちも思ってないよ。そんなことを思ったらバチが当たるでしょ。  だから、今だけ。  充分、今だけでも嬉しいから。  少ししたら、きっと、柴くんはナナミさんのところに――。 「葉山さん? どうかしましたか?」  僕のところにいるのは、いつまでかはわからないけれど。 「ううん。なんでもないよ」  いつまで、と。  そう考えたら、胸が苦しくて、息、するの忘れそうになった。

ともだちにシェアしよう!