65 / 73

第65話 違う場所、同じ場所

 ――そっかぁ。ソファベッド、私は全然関係ないけど、なんか探しちゃってて。良いのあったから、つい。すみません。  藤野さんが謝ることなんてないよ。むしろ、アイデアもらえて、探してもらえて、とても嬉しかった。  ――今まで、そんなに話す機会がなかったけど、自分が目指す薬剤師でもある葉山さんと話せるようになって嬉しくて。  そう思ってもらえて、光栄だとも思うし。  友だち、だと、勝手に思ってるし。 「……」  けれど、ソファベッドは、もしかしたら買わないかもしれないなって。 「真咲さん、明日、早番なのに、寝てなくて大丈夫?」 「! あ、うん」  振り返ると、柴くんがお風呂から上がっていた。 「最近、疲れてるっぽいし、早く寝た方がいいよ。お肌のゴールデンタイムは十時からです」  そう言って、ニコッと笑ってくれる。僕は、うん、って頷いて、小さなベッドに乗り上げた。柴くんももう寝るのかな。今日も忙しかったって教えてくれた。  今日は、雑誌の撮影だったんだって。モデルさんのメイクをしたけど、やっぱりケアの仕方がすごいって、タレントさんとは全然違うから、ちょっと感動したって。モデルさんともなると食事から、今みたいな睡眠時間のことまで、美容に関して、ものすごく気をつけてると感心してた。 「って、もしかしてっ、俺の寝相が悪くて、眠れなかったり、とか?」 「ぇ?」 「いや、最近、疲れてそうなのって、寝不足のせいかと。この間も、朝、早くにもう起きてたでしょ?」 「! う、ううんっ、大丈夫。寝相悪くないよ。っていうか、ベッド狭くて、柴くんこそ眠れてなかったり」 「俺は全然」  やっぱり二人、男性が並んで眠るには小さすぎるよね。ベッド。 「大丈夫、って、ごめんっ、電話だ」 「うん」  その時、テーブルの上に置いてあった柴くんのスマホが振動した。  柴くんはベッドに乗りかけたところで、くるりと振り返って、スマホを手に取ると、じっと画面を見つめてから、電話に出た。 「はい。もしもし、お疲れ様です」  声、少しかしこまってる。友だち、とかからじゃないみたいだ。 「……はい。あ、いえ、この間は……え、あ、ありがとうございます」  うん。友だち、じゃないみたい。 「……ぇっ?」  ? 「……いえ、びっくり、した……けど。あ、いや、すごい、いえ、ありがとうございます!」  なんだろう。  仕事のことだと思うけど。 「いえ、失礼します」  電話は要件だけを伝え終わるとそこで手身近に終わってしまった。  ナナミさん、じゃなかった。  電話の相手。  前に一度、このくらいの時間帯にナナミさんから電話があったけど。 「真咲さん!」 「! は、はいっ」 「すご! 今日の雑誌の仕事」 「う、うん」 「海外のトップブランドのデザイナーが気に入ってくれて」 「! す、すごい」 「また頼みたいって」  わ。  すごい。 「やば……」  柴くんが、ほっと安堵のような溜め息を一つついた。 「やば……嬉しい」  ベッドに戻ってきてくれると、僕のことを抱きしめてくれた。 「うん、おめでとう」  すごいよね。柴くんは、やっぱりすごい人なんだって思う。最初からそうだった。このアッシュグレーの髪色のように、一際、目を引く、そんな人だった。 「ありがと」 「!」 「真咲さん」  とても嬉しそうに、顔をくしゃっとさせてから、僕にそっと触れる優しいキスして。 「僕は、何も」 「ううん。ありがとー」  僕は、本当に何もしてないよ、そう言おうとしたけれど、柴くんが思いの外すごく強く抱き締めてくれたから、そして僕も少しでもきつく抱きついていたくてぎゅっと肩口に額を押し付けてたから。 「……うん」  言葉が出てこなかった。  やっぱり柴くんも才能溢れる人、なんだ。  そんな柴くんが、はしゃいでた。  とても嬉しそうにしてた。  きっとすごいことなのだろう。海外のトップブランドのデザイナーさんから柴くんのメイクを気に入ってくれたというのは。  ナナミさんもすごい人だった。  柴くんも世界に認められるようなすごい人で。  あ、ナナミさんも、海外のアーティストのバックダンサーとして評価されてたんだっけ。  じゃあ、同じだ。  ナナミさんも、柴くんと同じ才能がある人がいる世界にいて、僕は――。 「葉山くん、申し訳ない」  呼ばれてハッと顔を上げると、局長がちらりと店内のレジの方へ視線を向けた。そのレジのところではレジ応援を希望する時のオレンジランプが付いていた。 「あ、すみません、行ってきます」 「うん。申し訳ない」  ぼーっとしてしまった。今、仕事中だってば。  そう自分を諭して、駆け足で医局カウンターを飛び出した。  今日は、パートさん少なかったっけ。急遽、お休みの人が出たから、医薬品カウンターからの手伝いに呼ぶことが多くなるって言われてたのに。 「大変お待たせしました」  別に、この仕事を卑下したりなんてしてない。僕は、父の会社にこそ合わなかったけれど、薬剤師っていう仕事は自分から選んだんだ。だから、別にこの仕事を何かと比較するつもりなんてない。ちっとも。  でも。  けれど。  違うところにいる、いた、と思う。  柴くんのいる場所は。 「サーキちゃん」 「!」  僕のいる場所とは違う場所だと、思う。 「……ぁ」  その場所に、彼が来た。 「元気?」  恋愛感は、僕と同じ場所にいる、セイくんが。 「コーヒー二本、お会計お願いします」  やって来た。 ――

ともだちにシェアしよう!