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第66話 同じ場所へ
「……黒髪にしたんだね」
「?」
「セイくん」
襟足のところだけ金髪だったでしょう? けれど、今は全て黒髪に変わっていた。
柴くんに引き続き、お洒落な人で、こんな住宅街の一角にある、どこにでもあるような薬局では少し目立つ存在感だった。
「あー、イメチェン?」
「そっか」
「はい。コーヒー。休憩時間だよね」
「……うん。ありがとう」
さっき僕がレジ対応した時に、セイくんが買って行ったコーヒーだった。その一本を僕の方へ差し出してくれた。受け取ると、ニコッと笑って、薬局の、やたらと広い駐車場の一角にある花壇の端に腰を下ろしてしまった。
きっと、すごく高い服だろうに、そんなところに座り込んでしまったら、汚れちゃうよ?
「……ちょっと、最近、元気がないって、壱都が言ってたからさ」
「……僕の、こと?」
「そ」
「……」
そっか。そんなに心配かけちゃってるのか。それは申し訳ない。
確かに、僕はちょっと今、元気じゃなくて、素直に、有頂天になっていられなくて、あんまりちゃんと笑えてないっていう自覚はあるんだ。
「なんかあった?」
「……別に」
そう。本当に別に何もない。
ナナミさんに柴くんが引き寄せらえるわけじゃないし、ナナミさんはとてもいい人だし。柴くんは今日も昨日も僕を抱きしめて眠ってくれたし。誰も、何も変わってない。何もしてない。
ただ、僕が勝手に――。
「だから、言ったじゃん」
「?」
「ノンケと恋愛すんのは大変だよって」
「……」
そうだね。思っていた以上に大変なことかもしれない。想像していたよりもずっと色々考えてしまうものかもしれない。
柴くんがノーマルで、僕がゲイということを。
けれどそれだけじゃないんだ。
それだけなら、毎晩、抱き締めてくれる柴くんの腕にしがみついていれば、気持ちを紛らわすことができる。それだけだったら、きっと、柴くんの優しさにいくらでも幸福感をもらえていた。
けれど、そもそも住んでる世界の違いは、誤魔化せない。
「なんか、あったんでしょ」
「……別に。ただ」
そう、ただ、違ってたんだ。
「柴くんはすごいなぁって」
「……」
世界に認められるような柴くんのいる場所。
「もちろん、セイくんも」
ナナミさんは世界に挑戦してきて、今、多彩な才能を発揮している。彼女のいる場所はきっと柴くんのいる場所に近くて。
僕のいる場所からは遠い。
あの日、スタジオ見学をさせてもらった時に、それはすごく感じた。あのキラキラと光が散りばめられた場所は眩しくて驚いたのを覚えてる。
「センスの塊っていうか。そういう場所にいるなぁって思う。僕には無縁っていうか。センス、ないから」
「……」
「世界が違うなぁって」
僕のいる場所はきっとここだ。繁華街ではなく、住宅の多い一角にある。どこにでもある薬局。
「世界か……そんなことないと思うけど……じゃー、さ、真咲さんもその世界に行けば?」
「え?」
「今日、サキちゃんのところに来たのは、様子見と、可愛い白衣姿を見たかったから、なんだけど」
「……」
「もう一個」
?
「話があって来たんだ」
「? あの」
「モデル、やらない?」
「…………は」
「モデル」
「は、はい? あの、セイくん?」
一体、彼は何を言い出したのだろう。
モデル、って言った? 誰が? 僕が?
「いや、初めて会った時、俺、サキちゃんのことモデルかと思ったって言ってたじゃん? 背は確かにないけど、雰囲気、あると思うんだよ。んで、俺の出身校のファッションショーでさモデルを一般から募集するんだけど、今度、ちょっとゲストで俺が衣装提供することになって」
オープニングセレモニーをセイくんがすることになった。
だから、黒髪にしたんだって、少し照れくさそうに笑っている。大人の色気ってやつ、なんて笑ってる。
ファッション系の専門的なことを学べる芸術大学に行っていた。そこで行われる、ファッションショー。
衣装デザインもセイくん。久しぶりに衣装を作るから、緊張するって。今の仕事は衣装を作るのではなく、買い付けて、その作品に合わせて服を組み合わせるものだから、全く、とまでは言わなくても、かなり違ってる。
「卒業生にデザイナーも結構いるんだけど、今回は俺に声かけてくれてさ」
自分でゼロから作るのは学生の時以来だって。
「やってみない?」
「……」
「その、サキちゃんが今言ってた、センス? そういう世界にさ。俺は、あまりそういうの考えたことないけど。それがサキちゃんの今の悩み事に繋がってるんなら」
「……」
「行ってみたら? いいんじゃん?」
柴くんのいる場所は、僕のいるところとはまるで違うって思った。
住んでいる世界が違うというのは、何よりもやっぱり埋めきれない距離になる気がした。そして、何より、柴くんの隣にいるのは、同じようにセンスのあるナナミさんの方が合っているような気がしていた。
「うん」
「! マジで?」
「うんっ」
僕なんて、そう思うよりも早く、勝手に返事をしてしまっていた。
「う、うんっ」
その返事にきっと誰より、僕が驚いたと思った。
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