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第67話 浮気現場

 ――大学内で行われるイベントだから、そんなに気張んなくていいよ。生徒もみんな知り合いにモデルを頼んだり、自分でやる子もいるし。ウオーキングとかを求める生徒もいるみたいだけど、大体の生徒は素で歩いてるし。で、サキちゃんに合った服、作るよ。どう?  うん。  って、頷いていた。普段の僕ならきっと、絶対に断っていたと思う。けれど、やってみたいって思った。  そこは、きっと柴くんがいる場所に近い場所だと思ったから。柴くんがいつもいる場所の隣になんていけないけれど、端くらいでかまわないから、近くに行きたいって思った。  ――マジで? やった。  少しでも近くに行きたいって。  ――断られると思った。ラッキー。渋々了承したんだけど、これで俄然やりたくなった。ありがと。引き受けてくれて。 「……え、モデル?」 「うん。あの、セイくんの出身校でやるイベントって言ってた」 「セイの?」 「うん。あ、でも、ちゃんとしたモデルさんじゃなくていいんだって。生徒のみんなも友だちに頼んだり、自分でモデルもやったりするって。で、セイくんが僕にどう? って言ってくれて」 「……」  ただ、君の近くに行きたいだけなんだ。 「その、」 「……」 「もちろん、柴くんはモデルさんも知り合いにいるだろうし、メイクだってしたことあるから、本物のモデルサンを知ってて、僕なんかには……って思うと思うんだけど。でも、そこまで、ほんとに気にしなくていいよって、セイくん言ってたし」 「……」  そう話したら、柴くんの表情は曇り空のように、少し沈んだ気がした。 「む、無謀、だった、かな、僕がモデルとか」 「あっ、いや、そういうわけじゃなくてっ、うん。良いと思う」 「……」 「あいつの出身校、けっこう有名なんだ。すごいじゃん」 「……うん」 「真咲さんなら、できるよ。美人だし」 「……」 「うん。頑張って」  うん。ありがとう。  そう言ったけれど、なんだか、ちょっと。  ダメだったかもしれないと思った。  柴くんのいる場所の近くに、僕は行ってはいけないのではないかって、柴くんの曇り空のような表情に、近づこうと一歩出した足が躊躇って、止まりそうになった。  大手を振って喜んでもらえるとは思ってないよ。 「……」  ううん、ちょっと、思ってたかな。すごい! やってみなよ! って、応援してもらえると、どこかで思ってた。セイくんから、モデルやってみない? って言われたんだって、話した時に、柴くんが僕へ向けてくれる表情は明るい笑顔だと思ってた。  けれど、曇り空のような表情で。  それは僕には無理なことだと言われているようで、足が。 「!」  すくんでしまう。 「……姉さん?」  ――おはよう。今日、仕事何時くらいに終わるの? 話したいことがあるから、仕事が終わる頃を教えて。そう長くかかる話じゃないから。  休憩室で、なんだか今日は美味しく感じられない惣菜パンを齧っていたら、姉からメッセージが届いてた。  話したいこと……なんて言われても。今更、なんだろう、なんて思えないのに。きっとまた、柴くんといつ別れるんだとか、そういう話なのはわかってる。  そんなに言わなくたって、きっと、そのうち――。 「……はぁ」  ちっとも会いたくなかったけれど、きっと、これを無視すると、また自宅マンションまで来てしまうだろうから。一つ、大きな溜め息をこぼしてから、仕方なしに、今日の仕事の終わり時間を連絡した。  待ち合わせに指定してきたのはカラオケボックスだった。ちょっとリゾートホテルを模した内装の店内にカウンターがあって、そこで店員が受付をしていた。姉からどこの部屋なのか番号は聞いていたから、受付に寄る必要はなかったのだけれど、なんだか、何も言わずに通るのは気が引けて、部屋で待ち合わせをしていると伝えた。受付の男性は特に気にする様子もなく「はーい」と明るく返事をすると、僕が言った部屋番号までのルートを簡単に説明してくれた。  カラオケの部屋で話を、なんてことは初めてだった。 「……仕事、お疲れ様」 「……うん」  姉さんはもちろん歌なんて歌うこともせずに、合皮のソファにできるだけ浅く腰を下ろして、眉間に皺を寄せていた。 「カラオケなんて初めて来たわ」 「……うん」  そう、だと思う。姉さん、こういう場所、毛嫌いしてるだろうから。 「窓のない部屋って異様ね」  そりゃ、窓あったらダメでしょ。全部の部屋から歌ってる音が漏れちゃうから、近所迷惑になってしまう。 「今日は見せたいものがあって、ここにしたの」 「?」 「これ……レストランじゃ広げられないでしょう?」 「……」  そう言って、姉さんが出したのは。 「これ、貴方、知らないんじゃないかって思って」  柴くんの隠し撮り、だった。 「彼、同性愛者じゃないわよ。以前は、普通に女性と交際してたそうよ」  柴くんが女性と一緒に歩いてるところを隠し撮りした写真。 「興信所のスタッフが言うには、この赤髪の女性は彼に好意を寄せてるって。浮気、されるかもしれないわよ? そもそも女性と交際していたんだし。また、貴方、泣きを見るわ」  ナナミさんだ。  嬉しそうに柴くんを見つめてる。けれど――。 「ね? わかったでしょう? 同性愛なんて、長続きしないの。彼が女性とばかり付き合っていたけれど、今、貴方とそういう関係に一時でもなったみたいに、貴方だって女性とそういう関係になれるわよ。無理だって決めつけてないで」 「……ふ」 「真咲? 何笑って」  だって、違ってたから。 「ごめん。姉さん、ありがとう」 「は?」 「めちゃくちゃ、ありがとう」 「はい?」  姉さんが笑ってしまいそうなくらいに怪訝な顔をしてた。 「浮気は、されてないよ」 「? なんでそう言い切れ、」 「すごく大事にしてもらってる。本当に、今」 「……」  そして、実際、笑っちゃったんだ。 「大事にしてもらえてるんだ」  だって君がナナミさんに向けていた笑顔と、僕に向けてくれた笑顔がさ。 「ありがとう。姉さん」  笑ってしまうくらいに全然違ってたから。

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