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第68話 君へのルートマップ

 ありがとう。  そう言ったら、姉さんがとても不思議そうな顔をしていた。彼は女性と仲良くしている様子だったのに、その写真を見せたのにどうして自分は感謝の言葉を言われるのだろうって。ほら、前と同じようなことが起きるから、辞めておきなさいと言っているのに、どうして嬉しそうなのだろうって。  でも、本当にすごく感謝したんだ。  僕は見たことがなかったから、僕以外の人と話す柴くんの表情を。  どんなふうに笑って、どんなふうにうなずいて、どんなふうに相手を見つめるのか、知らなかったから。  ーー昨日は、ごめん。俺も、できたら話したい。今、まだスタジオなんだ。収録中で、けっこう押してるから、帰るの遅くなると思う。スタジオの場所は。  姉さんにありがとうと伝えてカラオケを出てすぐに柴くんにメッセージを送った。  今日、仕事がとても忙しいと思うけれど、ちょっとでいいから話せないですか? って。  ちょうどいいタイミングにメッセージを送れたのかもしれない。仕事中の柴くんからはすぐに返事をもらえないだろうと思っていたけれど、すぐに返信が来た。 「っと、すみませんっ」  走っていたら、脇道から飛び出してきた人とぶつかりそうになってしまった。それを寸前で避けて、謝りながら、また駆け足で柴くんが今いるスタジオに駆け足で向かう。 「えっと」  運動らしい運動してないから、ちょっとお腹、痛いかも。滅多に走るなんてことしないし。  それでも、柴くんがメッセージと一緒につけてくれたマップのルート案内を頼りに、スマホを握りしめながら、走ってる。  駅から少し離れたところにあるスタジオで、都心部で、夜になっても人通りは多かったけれど、それをすり抜けるように。  別に急いだところで、柴くんは仕事中なのだし、僕は部外者だから中には入れてもらえなくて、きっと外で柴くんが仕事を終えるか、休憩時間とかで外に出て来てくれるかを待つだけなのだけれど。  それでも、なんだか勝手に足が走り出すんだ。  普段、走ったりなんてほとんどしないから足が驚いてるけど。  もしかしたら明日筋肉痛かもしれないけど。  でも――。  スタジオに辿り着くと、ロビーがあった。受付があって、そこにスタッフが立っている。関係者として、多分、登録とか、何かされてないと入れないんだと思う。  そういうもの、だよね。  この向こうには芸能人がたくさんいるのだろうから、ファンとか勝手に入ってきちゃったら大変だもんね。  到着したことをメッセージで柴くんに伝えて、それから、待ってるって言って。 「サキちゃん?」 「!」  セイくん、だった。 「……ぁ」 「壱都に会いに来た?」 「う、ん」  セイくんがじっと僕を見て、それからふわりと笑った。走ってきたんだ、って。きっと僕は頭もボサボサになっちゃっていただろうと慌てて、手櫛で整える。朝、もう慣れたヘアセットも、今走ったおかげで台無しになってると思う。 「ちょうど、だったね」 「?」  ほら、息切れしてうまく話せない。 「いや」 「?」 「壱都がソワソワしてたから、サキちゃんが来るんじゃないかって思って」 「え?」 「あいつ、仕事中にスマホって見ないのに、合間にチラチラずっとやってるからさ」  そう、なんだ。 「今、撮影が推してる。俺も今回一緒の仕事で。んで、いるよ」 「……」  話をしながら、セイくんが受付に言って、僕もスタジオ内に入れさせてくれた。中へ通してもらうと、そのまま廊下を進んでいく。そして、一つ扉を開けると、今、撮影中なのだろう。中は薄暗く、人が大勢、一箇所、スポットライトの当たってるところだけを見つめてる。 「歌番組だから」  じゃあ、もしかして、ナナミさんも。 「けど、いないな。さっきまでこの辺りにあいついたのに」  じゃあ、こっちかもしれない、とセイくんがそのスタジオの一室を出て、また少し歩いていく、と、そこに。 「!」  柴くんがいた。隣に、ナナミさんがいて、何か話をしていた。  けれど、すぐに僕とセイくんの方へ顔を向けて、目を見開いていた。  手にはスマホを持っている。  そして、僕がずっと握りしめていた「到着しました」となっているルートマップ開きっぱなしのスマホがブブブって小さく振動した。  きっと。  ――もう着いた? 着いたら連絡して。迎えに行くから。  ほら、柴くんからのメッセージだった。 「真咲さん!」  はい。着きました。 「じゃあ、俺、スタジオに戻るからさ」 「ぁ、セイ、くん」  まだ少し、呼吸が整ってない僕に、セイくんがニコッと笑ってくれた。 「今日一日、ずっとソワソワしてたよ。あいつ」 「!」 「あんなふうになった壱都、初めて見た」  そうだったんだ。 「面白かった」  そんなに? 「じゃあね。壱都に、仕事に集中しろって言っておいて」  はい。わかった。  そして、セイくんが立ち去って、柴くんが僕の方へ駆け寄って来てくれて。 「ごめんっ、真咲さん」  その向こう、今、柴くんと話してたナナミさんが、小さく笑って。 「僕こそ、ごめん。あの、話があって」  赤い髪をひらりと踊らせながら、立ち去った。

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