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第72話 彼の過去

 そんな怖い顔でメイクされると……怖い、んだけど。  かっこいい人が睨みつけてるってものすごい迫力だ。 「……あの」 「…………俺、メイク上手すぎ」 「うん。壱都くんのメイクは本当に上手いと思うけど」  本当に魔法のようにその人の魅力を最大限引き出してしまうんだ。びっくりするくらい。ナナミさんの時に思ったよ。変身させてしまうから。 「なんかもうちょっとこう、真咲の魅力を引き出さない方法は……」  え、えぇ。本当にそんなことに悩んでるし。 「っぷ」  思わず吹き出して笑ってしまった。  壱都くんは「何笑ってるんだ」って渋い表情になったけれど、でも笑ってしまう。本当に真剣にそんなことで悩んでるから。 「大丈夫だよ。みんな、服を見るんだし、僕の顔なんてそうちゃんと見てないって」 「いや、あのね、ファッションショーでは、その服でどれだけそのモデルが魅力的になるかもポイントなんだって。しかもセイヤの服でしょ? 絶対にヤバい」 「何、控室でいちゃついてんの」  イチャついてはいないけれど、突然聞こえた笑い混じりのその声に飛び上がってしまった。  セイくんだ。  衣装の調整必要かなと見に来てくれたのだけれど、なんだかお邪魔そうだって笑っている。 「あと、十分くらいで出番。ゲスト枠のラストだから」  あ、少し、ドキドキしてきた。  今日は、セイくんがゲストとして迎えられた出身校開催のファッションショー。学生たちが自作で作った衣装を発表する大事な日。そんな日に卒業生の一人としてセイくんが招待されていた。  他にも色々な分野の卒業生たちが、その学校を巣立った後の姿を在校生に見せるために呼ばれている。 「今さっき、うちの卒業生でヘアカットの人が呼ばれてたから」 「は、はい」  ただ歩くだけでいいと言われたけれど。でもその歩き方そのものがぎこちなくて笑われてしまうかもしれない。そしたら、せっかくのセイくんが作った衣装も一緒に笑われてしまうことになる。それは申し訳ない。気持ちをリボンでぎゅっと結んでまとめるように、気を引き締めた。 「大丈夫だよ」  メイクもヘアセットも全て完了。せっかくの衣装が汚れてしまわないようにと肩から前掛けのようにしてあったタオルを壱都くんが取ってくれる。ただ前掛けのようにあったタオルを取っただけなのに、なんだか気持ちがふわりも広がる。ホッと一つ深呼吸をすると、ポンポンと両肩を二度優しく叩いてくれた。さすが、壱都くん、だ。 「うん」  それだけで本当に大丈夫に思えてくる。  ナナミさんも他の、壱都くんにメイクをしてもらった人は、きっとこんな感じなのだろう。本当にすごいことだと思う。壱都くんのメイクはその人の魅力を引き出すだけじゃなくて、強くもしてくれるんだ。強く、っていう言葉が合ってるかわからないけれど、確かに勇気をくれる。  モデルなんてしたこともない、歩き方だってチグハグで笑ってしまうくらい変かもしれない。モデルじゃないのだから。それでも、大丈夫って、思えてくる。  しっかりと頷くと、鏡越しに目が合って、笑ってくれた。やっぱり、もう少し僕の魅力を半減させるメイクをすればよかったなぁ、なんて言って。それは困ってしまう。セイくんが連れてきたあの素人モデルはなんなんだってなってしまう。 「俺も舞台袖まで一緒に行くし」 「あ、うん」  それは心強い。  ふぅ、と呼吸を一度整えてからメイク室を後にした。  セイくんの母校であるこの学校にはファッション関係のことを学びたい人がたくさん集まっている。本格的なため、美容室のようにちゃんと作り込まれてる部屋もあったし、今、僕がいたようにメイク室もある。そして、何よりびっくりしたのが、ステージがあることだった。今から僕らが向かう場所がそこで、本当にコレクションが行えるような本格的なものが設備としてあった。 「あ、ほら、ちょうど、ヘアカットの人がやってる」 「う、うん」  けれど、そのステージはモデルさんがよく歩くようなTの字型になっていたはず。フロアよりも一メートルほど高くなっていた。多分僕の腰よりも高いくらい。そして、そのステージを見上げるようにイスがぎゅうぎゅうに整列している。そんなところを歩くんだ、と、今日、ここに来て、ここがステージだよと見せてもらった時に、ちょっと狼狽えたんだ。だって、僕が歩くそのステージの床がちょうど座ってる人の目線の高さくらい。つまり、僕はその所狭しと並べられたイスに座っている大勢から、じっと見上げられ続けるわけで。緊張しないわけがないよ。  そのステージでヘアカットの人、は何をするんだろう。  ヘアカットの人がカットしてあげたモデルさんが歩いて行くとか?  でも、今、セイくん、「やってる」って言っていた。  何を?  そう思って、ステージ上を覗き込んでみると。 「わ……」  すごい。ステージ上で、切ってる。髪を。  実演、みたいなことだったのか。  その人はものすごい速さで、パッと見、乱暴なのでは? と思える速さで切っていく。僕は見てはいない。けれど、壱都くんのカットはあんなに速くない。もっと、一つ、カットしていく度に間があって、一呼吸ずつ置きながら切っていくような感じ。  まるで違うんだ。人それぞれなんだ、って少し驚きながら、壱都くんに話そうと振り返った時、だった。 「……壱都、くん?」  僕の後ろにいた彼は目を丸くして、ステージの方を見つめて。 「……香川」  そう、小さく呟いた。

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