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第76話 告白の続き
「もうめちゃくちゃびっくりしてさぁ。たとえば、コーヒーを持つ時とか、なんか字を書く時とかは震えないくせに、ハサミを握った途端に震え出すんだ。マジでびっくりした」
試しに普通のハサミを握ってみたけど、それも、ダメだった。でも包丁とかカッターは大丈夫。ただただ、ハサミだけが持てなくなった。
病院にも行ってみた。
腱鞘炎とかじゃない。
もちろん何か神経系に問題があるわけではなくて。
じゃあ、メンタル的なことが原因でハサミが持てなくなってしまったんでしょうって。
そんなことあると思う?
そう言ってから、背後で壱都くんが笑ってる。
ハサミは、シャキリシャキリって穏やかな小気味のいい音をバスルームに響かせたまま。
「エントリーしてた大会はもちろん全部辞退。その後、一切、大会とかには出なくなった。まぁ、本業はハサミがなくてもできる仕事だからさ」
メイクが主な仕事。美容師の資格を持っていないメイクアップアーティストも少なからずいる。だから、カットができなくても、とりあえず問題はない。
「で、そのままメイク一本で仕事はしてた。大会に出なくても、評価はその都度、その仕事で返ってくるし」
「……」
「仕事は楽しかったよ、変わらず楽しかった」
「うん」
そう、だと思う。仕事をしているところを見たことがあるから、それはすごくわかる。真剣な顔をしていた。楽しそうに相手と話をしながら、仕事をしていた。
けれど、その胸のうちに、そんな傷があったなんて思いもしなかった。
「でも」
そう、壱都くんは仕事、楽しそうにしていた。けれど――。
「カット、したかった、でしょ?」
「!」
なんとなく、そう思った。不満があるわけじゃない、いやいや、じゃない、この仕事は、この仕事も、楽しい。
けれど。
「切ってみたいって」
思ったでしょう?
これも好きだけれど、でも。
これじゃない、なんて言ったらバチが当たってしまうかもしれないけど。贅沢だって思われるかもしれないけれど。でも、やっぱり、もっとしたいことがあって。
だって、切っていた時の壱都くん、楽しそうだった。
「…………そう、だね」
背後でクスッと小さく笑った。少し、照れ臭かったのかもしれない。壱都くんの思っていたことを見透かされてしまったなって。
「でも思わないようにしてた。ハサミが持てなくなったのは自分のせいだから」
「そんなこと」
「あの時、確かに俺は香川の未来への道を折ったと思う。俺があんなことを言わなければ、きっとあの後も香川は大会に出てたって」
静かな声と、早くも遅くもなく、けれど止まることなく、迷うこともなく、ハサミが髪を切っていく。
「でも、折ってしまおうなんて思って言ったわけじゃない、でしょう?」
「それは……わかんない、かな」
「……」
「やっぱり大会は勝負だから」
「……」
「だから、心のどこかで香川がいなかったら、って思ったのかもしれない。それが言葉に混ざってた。だから、このままもうハサミが持てなくても自業自得だって」
傷つけた分、自分も傷つくつもりだった?
「けど、うん……」
そこで、何かを確かめるように壱都くんが深く頷いた。表情まではわからない。後ろにいるから。けれど、声に悲しそうな音は混じっていない。
「切ってみたいって思ったよ」
「……」
「そう思ったのが、真咲、って言ったら、ちょっと驚く?」
「……ぇ」
振り返ろうとしたら、今はハサミ使ってるからダメって優しく怒られた。
あの、ねぇ、それって。
「切ってあげるって言った時、めちゃくちゃ、緊張した。っていうか、なんでそれ言った? 俺? ハサミ持てないのにって、自分でびっくりした」
「あの」
「でも、自然とその時、口をついて、その言葉が出てきた」
あの時。
――切るならさ。
わ、って思った。
――俺、切ってあげようか?
すごくドキドキした。
「心臓バックバクだったよ」
それは、僕も、だよ。
あの時、髪って神経、通ってるんだっけ? なんて思ったくらい。壱都くんの指が髪をすいてくれるだけで、心臓破裂してしまうんじゃないかってくらい。
――切ったげるよ。
ドキドキしたんだ。
それにすごく急で、心の準備というか、今? ってすごく慌てた。けれど。
「今なら、切れるかもしれないって思ったんだ」
壱都くんもドキドキしてただなんて。
「あんなに苦しかったのに、自分のせいで一人の未来が曲がっちゃったことの罪悪感にぺしゃんこに潰れたのに」
シャキリ。
「切りたいって思ったんだ」
泣いてしまうかと思った。
「ね、すごいでしょ」
「う、ん」
「そんな相手、性別なんて軽く飛び越えるにきまってるじゃん」
壱都くんにそう思ってもらえていたなんて知らなかった。
「好きにならないわけ、ないよね」
嬉しくて、感動してしまって。
「うん」
「はい。カット出来上がり」
「あ、りがと」
「すっごい上出来。俺、やっぱ上手くない?」
「うん」
髪を切って気持ちが軽やかになった。
君の過去を聞かせてもらえて、たまらなくなった。
「やばー、また、真咲が美人だってなっちゃうね」
「うん」
振り返ると、切り立ての毛先を壱都くんが指で整えてくれる。
「けど、平気だよ」
僕はそのまま壱都くんに抱きついてキスをした。切り立ての毛先が頬に触れてくすぐったくて、少し笑いながら。
「僕が好きなの、壱都くんだけだから」
「……」
「ずっと、絶対、壱都くん、だけだから」
そっと優しくて甘い、キスをした。
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