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第78話 不審者発見
食べたいなぁって思うけれど、何を食べてもこれじゃない感がある時があった。
そういう時って、みんなどうしているのだろう。
これ、っていうのが見つかるまでなんでも食べ続ける?
諦める?
僕は、一度も、その食べたいものを食べられたことがなかった。
でも、今は――。
「おはよー」
「…………ぁ」
ふと、明るい日差しに目を覚ました。
「めっちゃぐっすり寝てたね」
壱都くんが、キッチンにいた。
「もうちょっと寝てても大丈夫だよ? 今日、オフじゃん」
「ぁ……大丈夫、すごくスッキリしてるから」
「そ?」
朝ご飯、作ってくれてる。
カチャカチャって、優しい音がして、僕の方へ、パッと振り返って笑ってくれた。
「あの、壱都くんこそ、もっと寝ててよかったのに」
壱都くんだって今日、オフ、でしょう?
僕よりずっとハードな仕事なんだから休める時にはしっかり休んでおかないと。
「いや、俺もスッキリ起きたから」
本当に?
けれど、確かにスッキリした顔で壱都くんが、作ってくれた朝食を持ってきてくれた。
「んで、お腹空いたから何か食べようって思って、そしたら、朝食作っちゃおうかなって思って。真咲の分はあとでチンすればって」
スクランブルエッグにソーセージ。ちぎったレタスもワンプレートに乗せてくれてる。定番の朝ご飯。
「あ、僕も手伝う」
「ありがと」
ベッドから抜け出すと、壱都くんがニコッと笑ってくれた。
「今日、晴れてるから洗濯物、朝のうちにして」
そうだね。今日なら午前中のうちに乾いちゃいそうな天気だった。窓から見上げた空はすでに青空で、夏真っ盛りって色をしてる。
「どっか、行く?」
「あ……」
そしたら。
「あ、あのっ」
「?」
考えたこともなかった。
「ベッド」
「……」
「あ、ソファベッド」
自分が誰かと一緒に暮らすなんてこと。
「あの、ベッド、狭いでしょ? それで、でも、部屋も狭いから」
だって一人でずっといるつもりだったから。一人ならこの部屋のスペースで充分だし、ベッドだってこれで充分だったから。
だから、手狭になるなんてこと、一ミリだって考えてなかった。
「あの、職場で、アイデアもらって」
「アイデア……」
「あ、いや、その、ベッド狭いかなと。壱都くん、背が高いから、窮屈でしょ? でも大きいベッド買ったら、部屋がベッドだけになっちゃうし。どうしようかなって思ってたら、ソファベッドはどうかって」
誰かと一緒に暮らすことも、ベッドに寝ることも考えたことなかった。
「夏、暑いでしょ?」
この夏を、好きな人と過ごすなんてこと、想像もしていなかった。
もしかしたら、夏だけじゃなくて、秋も冬も、一緒に――。
「暑くはないけど……けど、うん」
君といられるなんてこと。
「俺もソファベッドいいと思う」
思いもしなかった。
「じゃー、朝食食べて、ゆっくり準備して、ソファベッド見にいこっか」
「う、うん」
「んでー、ランチ食べて、お揃いのマグとか買う?」
「あ……」
まるで、恋人同士のような。
ずっと一緒にいるための。
「う、うんっ」
思わず、頷いていた。
「買うっ」
なんだか、元気に返事をしてしまった僕に、壱都くんがクスッと笑って、朝食に添えるコーヒーを手渡してくれた。
「葉山さんっ、葉山さんっ」
「?」
こそこそ声なのに、ものすごく店内にしっかり僕の名前が響いてた。藤野さんが、すごく慌てた様子で手をばたつかせながらやってきた。
「あのっ、お店の外に変な人がっ」
「えっ?」
本当に? けれど、藤野さんの慌てようは確かに鬼気迫るものがあった。どうしようかな。今日って、局長、今いないし。店長も今、ちょうどいない。男は……今、シフトで入ってる人たちの中で僕一人だ。
え、えぇ。
いや、でも、うん。
男なので、そこかビシッと。
「ちょ、ちょっと見てくるね」
「すみませんっ、お願いしますっ」
しっかりしなくては、と、気を引き締めて、藤野さんが忍者のように物陰を移動していく。よっぽど怪しい人物、なのだろう。一つ深呼吸を置いて、外へ顔を――。
「あ、あの人ですっ」
向けると。
「………………ぇ」
姉さん、だった。
いや、あの、姉さん、だよね? 残念なくらいに……うん、やっぱり……姉さんだ。
怪しいいくらいに似合わないキャップを深く被って、マスクにサングラス。もう顔を絶対に見せてなるものかって意気込みを感じる。他人からししてみたら、ただの不審人物が店内を覗き見ている、そんな感じに見て取れる。
「あ、あのっ、ちょっと、僕、行ってくるね」
「す、すみませんっ」
いや、すみません、はこちらの方です。
って、胸の内で返事をしながら、お店の外に駆けていった。
何してるんだ、姉さんは。
あれじゃ不審者で通報してされるかもしれないのに。
「姉さん!」
そう呼ぶと、ぴょんって跳ねてしまいそうなくらいに驚いていた。
「……ぁ」
ほら、やっぱり姉さんだ。
「姉さんでしょ?」
普段の彼女はスーツに高さ五センチのヒール。
けれど、そこにいたのはジーンズ姿にTシャツ。持っていたことに驚くくらい、ちっとも似合ってないキャップに、サングラス。そして、マスクを取ると。
「ひ……久しぶりね」
そう、なんだかぎこちない声が呟いた。
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