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第9話 騎士の終焉

帝都ガルドラの夜は、ノルズガルドのそれとは全く異なっていた。 暖炉の薪が爆ぜる柔らかな音も、静寂を包む雪の気配もない。ただ、壁の裏を流れる蒸気の微かな振動と、冷徹なまでに一定のリズムを刻む機械式の時計の音だけが、カーツの鼓動を追い詰めていた。 王の私室に繋がれ、床に膝をついたままのカーツは、首に嵌められた黒鉄の重みを感じていた。それは単なる物理的な質量ではなく、ノルズガルドの騎士団長としての全生涯を否定する、絶対的な隷属の証だった。 「……ッ、何を……」 低く、震える声が漏れる。 目の前に立つシュハールは、返り血の染みついた軍服を無造作に脱ぎ捨てると、獲物を値踏みする獣の目でカーツを見下ろした。その視線は、もはや一国の将に対する敬意など微塵も含んでいない。 「お前は、自分が口にした言葉の意味をまだ理解していないようだな」 シュハールが鎖を短く、乱暴に引き寄せた。首を絞められ、息が詰まる。カーツは抗う術もなく、帝国の王が腰を下ろした広大なベッドの上へと引きずり上げられた。 「やめろ……放してくれ!」 悲鳴に近い叫びを上げるが、シュハールは冷笑を浮かべるだけだった。 「奴隷といったはずだ、カーツ。お前の身体も、魂も、これからは俺が好きな時に好きなように使い潰すための道具だ」 次の瞬間、暴力的なまでの力で衣服が引き裂かれた。 簡素な白の布地は、シュハールの強靭な指先によって容易く両断され、床へと散っていく。露わになったのは、一月の療養を経てなお、戦火の傷跡が生々しく残るカーツの肢体だった。 鍛え抜かれたしなやかな筋肉、白銀の髪に似た透き通るような肌。 だが、その肉体はあまりにも「無垢」だった。 カーツは、剣にすべてを捧げてきた男だ。 幼少より騎士道を叩き込まれ、主君への忠誠と国への献身だけを糧に生きてきた。男としての情欲を覚える暇もなく、ましてや他者に肌を晒し、蹂躙されるなど、想像の範疇を遥かに超えていた。彼にとっての「触れ合い」とは、戦場で互いの剣を交え、魂を削り合うことと同義であり、このような一方的な侵食は、聖域を泥足で踏みにじられるような衝撃だった。 「ひ……酷い……こんなことは、人のすることでは……っ!」 「お前はもう騎士ではないと言っただろう。忘れたか、ここは俺の国だ。俺が法だ」 シュハールの手が、カーツの脇腹の傷跡を強く、抉るように撫でた。 その指先が這うたびに、カーツの全身に拒絶の戦慄が走る。抵抗しようとする腕は、シュハールの片手によって容易く頭上へと封じられた。黒鉄の首輪が軋み、喉仏を圧迫する。 慈悲のない蹂躙が始まった。 カーツがこれまで守り続けてきた最後の一線が、無惨な力によって抉じ開けられる。初めて知る異物の熱、引き裂かれるような鋭い痛み、そしてそれ以上に彼を打ちのめしたのは、己の意思が何一つ通用しないという絶望的なまでの「力」の差だった。 「あ、が……っ、あああああッ!」 背中を反らし、絶叫を上げるカーツの視界に、部屋を照らす冷たい電気の灯が映る。 機械的な光は、彼の涙を、屈辱に歪んだ表情を、逃げ場のないほど鮮明に映し出していた。 シュハールの行為には、愛など欠片もなかった。あるのはただ、気高い獲物を物理的に、そして精神的に破壊し、服従させるという獣の執着だけだ。かつての宿敵から投げかけられるのは、熱を帯びた欲望ではなく、冷徹な征服の宣言だった。 カーツの心の中で、何かが音を立てて崩れていった。 主を守り、民を慈しみ、剣を振るう。そのために磨き上げた肉体が、いまや敵の情欲を受け止めるための、ただの「器」として弄ばれている。その事実は、剣を捨てた時以上の喪失感を彼に与えた。 どれほどの時間が流れただろうか。 繰り返される凌辱の中で、カーツの意識は何度も白濁し、そのたびに容赦のない痛みによって現実に引き戻された。 やがて、シュハールの荒い呼吸が落ち着き、長い沈黙が訪れた。 「……ふん。案外脆かったな」 シュハールは満足げに鼻を鳴らすと、ぐったりとしたカーツの身体を、まるで用済みになった戦利品のようにベッドから床へと突き落とした。 ドサリ、という重い音が静かな私室に響く。 冷たい床に叩きつけられたカーツは、身を隠す布一枚すら持たず、ただ震えていた。 全身を走る鈍い痛みと、身体の奥に刻まれた他者の痕跡。それが、自分が汚され、人としての尊厳を剥奪されたという動かしがたい現実を突きつけてくる。 カーツは動けなかった。 自分は、主君を守れず、都を焼かせ、最後には敵の王にその身を捧げた。もはや「高潔」という言葉を口にすることすら、神への冒涜に等しい。自分に残されたのは、首に巻かれた鎖と、消えない辱めだけだ。 「……あ……あぁ……」 声にならない慟哭が漏れる。 瞳から溢れるのは、もはや騎士の涙ではない。ただ、壊された奴隷の絶望だった。 ベッドの上で悠然と横たわるシュハールは、暗闇の中で再び自らの胸の傷を撫でた。 「カーツ。明日からは、俺が命じる時以外に声を出すことは許さん。お前はただ、俺の足元で、己の無力さを噛み締めていればいい」 カーツは返事すらできなかった。 ただ、冷たい床に頬を寄せ、どこまでも深く、暗い闇の底へと沈んでいった。 アイゼンガルドの夜はまだ長く、機械仕掛けの時計は、彼の隷属の時間を一刻一刻と刻み続けていた。

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