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第11話 支配の洗礼
帝都ガルドラに、何度目かの朝が訪れる。
この部屋には、重厚な石造りの枠に嵌められた縦長の窓があった。そこからは、帝都の空を覆う雲や、近づく春の街並みが見えるはずだった。しかし、首に繋がれた鎖はその自由を許さない。窓に近づこうとすれば、あと数歩というところで黒鉄の鎖が限界まで張り詰め、首を無慈悲に締め上げる。
カーツにとって、その窓は希望ではなく、届かぬ自由を誇示するための残酷な装置でしかなかった。
「……あ……っ」
這いずるようにして床を動き、窓から差し込む一筋の光を仰ぎ見る。
全身の節々が軋み、昨夜の情事の残滓が身体の奥で重く沈んでいる。ふと自分の肢体を見れば、一糸纏わぬ肌は昨夜のうちに清められていた。ひび割れた足先には再び新しい薬が塗られ、清潔な包帯が巻き直されている。
その丁寧な手当てが、今のカーツには何よりも恐ろしかった。
(私を辱め、壊したいのではないのか。……なぜ、このように扱う……)
敗軍の将として処刑されるのであれば、これほどの混乱はなかっただろう。だが、シュハールが行っているのは「破壊」ではなく、緻密な「管理」だった。戦士としての筋力を削がぬよう、肌に傷を残さぬよう。その矛盾に、カーツの高潔な自尊心は拠り所を失い、ただ混迷の淵を彷徨う。
カチャリ、と重厚な扉が開いた。
灰色の服を纏った世話係の男が、音もなく入室してくる。
運ばれてきたのは、さらに洗練された食事だった。卵をふんだんに使った柔らかなオムレツ、栄養価の高いナッツ、そして温かなミルク。
何も纏わぬまま床に這いつくばるカーツは、恥辱に身を震わせ、顔を背けた。
しかし、男は眉ひとつ動かさず、銀のスプーンの背で、コンコン、と磁器の器を規則正しく叩いた。
「……っ」
それは「食え」という、有無を言わさぬ強制の響き。
食べなければ、ノルズガルドの民が、王子がどうなるか。その無言の脅迫に抗えず、カーツは絶望の中で手を伸ばした。
一度口に運んでしまえば、身体は飢えた獣のように栄養を吸い込んだ。自らの生存本能が呪わしい。涙をこぼしながら、彼は器が空になるまで食べ続けた。
そして、案の定、食事に混ぜられた薬物が意識を濁らせる。
抗いがたい睡魔。意識が遠のく中、カーツはぼんやりと考えた。自分はいつから剣の振り方を忘れてしまったのか。今、指先にあるのは鉄の重みではなく、冷たい鎖の感触だけだった。
不意に、強い「視線」を感じて目が覚める。
重い瞼を押し上げると、そこにはベッドの傍らに腰掛け、こちらを見下ろすシュハールの姿があった。黄金の瞳が、獲物を検分するようにカーツの全身を舐める。
「わかっているな? カーツ。お前がすべきことを」
「……ッ、はい……」
自尊心を殺し、カーツはシーツに膝をついた。
愛するものたちの命と引き換えに、無防備な四つん這いの姿勢を晒す。シュハールはその腰を強く掴み、昨夜を上回る激しさで彼を蹂躙した。
「あ、あぁぁッ! 嫌だ、くぅ、もうやめ……っ!」
嵐のような暴虐が過ぎ去り、カーツが意識の混濁した中で激しく喘いでいたとき。
シュハールは、ぐったりとしたカーツを軽々と抱き上げ、浴室へと運んでいった。
温かな湯が張られた大理石の浴槽。シュハールは自らの手でカーツの身体を丁寧に、優しく洗い流し始めた。
「……っなぜ……このような……」
カーツの掠れた問いに、シュハールは項を愛おしそうになぞりながら、耳元で低く囁いた。
「よい質問だ、カーツ。これは、お前を俺の『完璧な奴隷』にするための準備だ」
「準備……?」
「そうだ。これまでは俺が無理やり抉じ開けていたが、これからは違う。……俺が来る前に、お前自身の手で、俺を受け入れるための準備を整えておくのだ」
シュハールの指が、湯の中でカーツの最も秘められた場所に触れた。
「……っ! な、何を……!」
「慣らし方を教えてやる。自分自身の指で、内側を解し、俺を乞うように作り替えるのだ。俺の不在の間も、お前は俺の指を思い出しながら、そこを広げて待つ。……それが奴隷の務めだ」
シュハールの指が、教え込むようにゆっくりと、しかし確実に奥を広げていく。
優しさと暴力が混ざり合ったようなその指使いに、カーツは驚愕と羞恥で顔を真っ赤に染めた。
「嫌だ……そんな、自分、で……なんて……!」
「できるはずだ。お前の手足は、そのために自由にしてある。……今夜、俺が来た時に準備ができていなければ、どうなるか……わかっているな?」
シュハールはカーツの顎を掬い、抗いがたい力で唇を奪った。
湯の中で溶かされていく意識。
カーツは悟った。この男は、自分の身体だけでなく、内側から、魂の根源から自分を侵食し、支配しようとしているのだ。
湯から引き上げられたカーツは、冷たい空気に触れて震えた。
窓の向こうの自由はあまりに遠い。
彼は今、主の指の感触が残る己の身体を抱え、ただ静かに、来るべき夜の「準備」を強いられていた。
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