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第12話 聖域の崩壊

帝都の朝は、重厚な機械の地鳴りとともに幕を開ける。 カーツが冷たい石床の上で意識を取り戻したとき、最初に感じたのは、肌を撫でる柔らかな布の感触だった。 「……あ……」 掠れた声が漏れる。見れば、一糸纏わぬ肢体の上に、簡素ながらも上質な白い布が掛けられていた。 これまで徹底して全裸で放置され、人としての尊厳を剥ぎ取られてきた彼にとって、その布一枚の重みはあまりに大きかった。ただの「手入れ」の一環だとわかっている。冷えによる体調不良を防ぎ、王の情欲を満足させるための「商品」を保護する行為に過ぎないのだと。それでも、初めて与えられた肌を覆う一枚をカーツは強く握りしめる。 ゆっくりと身を起こすと、いつものように重厚な扉が開いた。 世話係がトレイを運び、無言でコンコンと器を叩く。運ばれてきたのは、野菜をじっくりと煮込んだスープと焼き立てのパンだった。 カーツは、今日こそはあの不自然な睡魔に抗おうと、警戒しながらスープを口に含んだ。 ……しかし、いくら時間が経過しても、あの泥のような眠気は訪れなかった。 (薬が……入っていない?) 思考が明瞭であることは、逆に彼を追い詰めた。 眠りに逃げることを許されず、この清明な意識のまま、突きつけられた現実と対峙しなければならない。 トレイの端には、小さな硝子の瓶が置かれていた。昨夜、シュハールが浴室で使ったものと同じ、芳醇な香りを放つ香油だ。 それが床に置かれるのを見た瞬間、カーツの心臓が早鐘を打った。 『お前自身の手で、俺を受け入れるための準備を整えておくのだ』 王の命令が、呪いのように耳底に蘇る。 世話係が去り、再び静寂が訪れた私室の中で、カーツは一人、震える手でその瓶を手に取った。 窓の向こうには、淡い春の陽光が立ち込めている。 かつてノルズガルドの騎士団長として、白銀の甲冑を纏い、剣を振るっていた自分を思い出す。 朝日を浴びて、部下たちと切磋琢磨し、民の安寧を願って戦場を駆けたあの日々。 その手は、守るべき者のために、そして主君への忠誠を貫くためにあった。 (……そんな私が、今、何をしている……) あまりの辛さに思考を遮断しようとする。しかし、それは思考を放棄し、ただの「器」として完全に隷属することに一歩近づくことを意味していた。 騎士であった頃の誇りを守ろうとすればするほど、今の惨めな所業が魂を切り刻む。 だが、やらなければならない。 自分一人の矜持のために、祖国の残党や、幼きエリュシオン王子の命を危険に晒すわけにはいかないのだ。 「……っ……ああ……」 カーツは、与えられた白い布を自らの手で払い除けた。 震える指先が、香油の栓を抜く。 部屋の中に、甘く、それでいて吐き気を催すほど官能的な香りが広がった。 彼は跪き、教えられた通りに自らの肢体に指をかけた。 騎士として鍛え抜かれた指は、剣の柄を握るために固いタコができていた。その武骨な指が、恥ずべき場所に触れる。 「ひ……っ、あ……」 自らの指が侵入する感覚は、シュハールの暴虐とはまた異なる、身を切り裂くような屈辱だった。 情けない。あまりに情けない。 高潔と言われた白銀の騎士が、独り、王の訪れを待つために、己の身体を辱めている。 指を動かすたびに、頭の中の「騎士・カーツ」が死んでいく音がした。 必死に目を閉じ、これが公務であると、これは戦いであると自分を騙そうとするが、熱を帯びた内壁は容赦なく彼に「個」としての感覚を突きつけてくる。 丁寧になぞり、広げ、解していく。 主が、自分という道具をより使いやすく、より深く蹂躙できるように。 その「準備」が整う頃には、カーツの頬は涙と羞恥の熱で濡れ、呼吸は激しく乱れていた。 やがて、廊下からあの冷徹な軍靴の音が響いてきた。 カーツは反射的に姿勢を正そうとしたが、今の自分には「正装」などない。ただ、淫らに解された身体と、首に繋がれた鎖があるだけだ。 扉が開き、シュハールが悠然とした足取りで入室してくる。 彼は、床に伏せるカーツを冷ややかな、しかし期待に満ちた目で見下ろした。 「……検分の時間だ、カーツ」 シュハールはベッドに腰を下ろすと、鎖を短く手繰り寄せ、カーツを自分の足の間に引き寄せた。 「成果を見せろ。お前は、俺のためにどれほど自分を整えた?」 「……あ……」 カーツは、促されるままに床の上で四つん這いになり、足を開いて見せなければならなかった。 王の黄金の瞳が、湿った部分を冷徹に観察する。 「ほう……。十分とは言えんが、柔らかくなっているな」 「っ……う、あ……」 「今日はこれで許してやろう。さあ続きだ、お前自身の指よりも、俺の方が、より上手くお前を『完成』させてやれる」 シュハールは満足げに唇を歪めると、カーツの髪を強く掴み、その首を仰け反らせた。 騎士としての聖域が、自らの手による裏切りを経て、今、完全に支配者の手に渡ろうとしていた。 カーツは遠のく意識の中で、機械時計の音を聞いていた。一刻一刻と、彼が人間でなくなる時間を刻む音を。

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