6 / 9
診療予約
目が覚めると朝6時だった。
日曜日の休診日くらいはゆっくり寝ていたいのだが、習慣とは恐ろしく、深酒してしまった時以外は結局この時間に目が覚めてしまう。
「はぁ……なんだか損した気分だ」
ベッドから起き上がると、等身大の花宮暖くんがこちらを見ていた。
バッチリと目が合った。
ちなみにこれは某飲料水のCMの抽選で3名様に当たる物で……飲料水を購入するとついてくるシールで1口応募できたものだ。
俺は30ダースほど購入したが当たらず、本当はやりたくなかった**「ウルトラZ」**を使って手に入れた。高校時代の同級生が広告代理店に勤めているのをいいことに、とにかく頼み込んで「口外禁止・SNSへアップしないこと」を条件に、別口で一体作ってもらったのだ。
言い訳はかなり心苦しいもので、「姪っ子がどうしても……」ということにして手に入れた。
取引に合コンをセッティングする羽目になり、ゲイである俺はかなり疲弊したが。
「あああああああ! 昨日! 暖くん! に見られながらしてしまった〜!!」
部屋中を見渡せば、暖くんのぬい、ポスター、カード。暖くんが好きなアニメのフィギュアに、暖くんの好きな漫画。
大きな壁には暖くんのライブ映像がプロジェクターから繰り返し流されている。
八畳ほどの部屋は暖くんで溢れていた。
「暖くん……おはよう。今日も大好きだよ」
暖くんぬいを抱っこしつつ、等身大パネルに丁寧にお辞儀をした。
暖くんは身長172cm。隣に並んでみると丁度いい身長差だ。
……ごくり。
薄汚い欲望と共に溢れ出した唾を飲み込む。
「……少し屈めば……キスできるよ……暖」
ゆっくり、ゆっくりと俺は暖くんの向かい側に回り込み、唇を尖らせた。暖くんの薄くてピンク色の小ぶりな唇まであと数センチ。
平成歌謡の『MajiでKoiする5秒前』が俺の脳内を支配し、コダマしていた。
その時。
♩ピロピロピロピロピロピロ
仕事用携帯が寝室に鳴り響き、俺は愛する人との等身大キッスを邪魔された。
「……いかん。まだ歯磨きもしていないのに。暖くんに嫌われるところだった」
ブツブツ呟きながらスマートフォンの画面を見ると、弟の名前が映し出されていた。
「……どうした」
「あ! 良かった! 出てくれた〜」
「良かったじゃない。日曜日の早朝に、何かあったのか?」
「それがさ〜」
凉りょうは甘えた声を出して、できる限り申し訳なさそうに話を続けた。
「だから! あれほど! 芸能人の特別枠をやるなんて俺は反対したはずだ! 手伝わないと言ってお前も了承しただろう?」
「わかってるわかってる〜! でも、今日に限って大口太客事務所のアイドルグループからの依頼でさ」
……アイドルグループ?
「女性グループか」
「いや、男性」
まさか。
「……ちなみになんというグループなんだ」
「秘密厳守だよ? 誰にも言っちゃいけないよ?」
「わかっている。仮にも医者だぞ。プライバシー遵守は基本だ」
「兄さん芸能人に興味なさそうだしね。えっとね、シュガクレって知ってる?」
「Sugar☆crepesか!!??」
「え? 知ってるの?」
「……あ……あ、いや。たまたま昨日テレビで歌番組をやっていて、見たから。うん。なんとなく良い曲だなと調べたんだ」
「ふーん? 珍しい。君が代とかヒーリングミュージックしか聴かなさそうな顔してるのに」
「……!? どんな顔だ」
「あはは、とにかく俺は今身動きがとれなくて! 先月隠れてラウンジに行ったのが彼女にバレちゃって……昨日帰宅したら大喧嘩。今ね、部屋に監禁されてるわけ」
「……馬鹿だなお前」
「あはは、だけどその一組だけなの、予約は。で、内容もボトックスとかハイフとか整形のカウンセリングじゃないらしくて。皮膚の再生に詳しい医者と話したいんだってさ」
「なるほど、わかった。なら仕方ないな、引き受けよう。予約は何時だ」
「サンキュー! 兄さん、来週末なんかご馳走するよ! あ、ラウンジ行く?」
俺は弟の誘いに返事をするまでもなく電話をぶつりと切ると、再度ベッドにダイブした。
「あああああああああああ!! 神様仏様お釈迦様〜!! ついでにイエス・キリスト様〜!! あとはなんでも、新興宗教でもとにかく神様〜!! どうか!! どうか!! 診察相手が暖くんでありますように〜!!!!」
ベッドのシーツをギュッと握りしめてのたうち回り、とにかく俺は雄叫びを上げた。
興奮は冷めやらないが、一旦ベッドから起き上がると大きく深呼吸をして、大きな窓にかかっているブラインドを開ける。
「こうはしてはいられない」
シャワーを念入りに浴びるべく、俺は走って浴室に向かったのだった。
ともだちにシェアしよう!

