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完璧

俺は、目の前の光景に息を呑んだ。 想定外の景色に身体は固まり、脳裏に浮かび続けていた可愛い彼の姿は……正直停止した。 医師になって10年以上だ。もっと症状が強い患者や、目を瞑りたくなるような状態は何度も見てきた。ある意味慣れているはずなのに。 相手にバレないようマスクの下で小さく深呼吸をした。 滑らかで甘い匂いが漂いそうな白い肌、肩から腰にかけて広がる骨格は、男性なのにどこか丸みを帯びている。 しかし、女性のようなふくよかさは無い。芸能人の骨格というものだろうか。作り物のように美しく、どこか儚さまである。 「完璧」を体現するような花宮暖というアイドルの背中に、これほどまでに生々しく、残酷な痕跡が刻まれているなど、誰が想像できただろうか。 重苦しい沈黙が診察室を包む。そして浮かれていた、脳内お花畑姿に嫌気がさす。俺は改めて冷静に、しかし意識的に柔らかな声を出した。仕事の時に使う声だ。 「……見せていただけますか。少し失礼しますね」 椅子を引き、暖の背中へと手を伸ばす。熱感は? 周囲の組織との癒着はどの程度なんだろう。 「……いつ頃の、お怪我ですか?」 「5歳です。勿体ぶっても仕方ないので簡潔に話しますが、両親からの虐待によるものです」 そう淡々と話す彼の背中は、全く寂しさを感じさせなかった。こうした過去にあった事故や背景も併せてヒアリングさせてもらうことも多いが、涙を流したり、その場で精神的不安定になるパターンも多い。 「……驚きましたよね。変なもの見せて、すみません」 気まずそうに呟く暖の言葉に、俺は即座に応えた。 「いえ。……綺麗にされていますね。これだけ大きな火傷だと、引き攣れで痛みや痒みが出ることも多いはずですが、しっかりケアをされてきたのが分かります」 俺は診断を頭の中で組み立てる。正直、一般皮膚科だけではカバーしきれない。涼に相談してレーザー治療でいけるところまでいくか……それとも別の火傷の専門医を紹介すべきか。 「……花宮さん。背中、ありがとうございました。服を着てください」 「ありがとうございます」 クルッと振り返り、椅子に座り直した暖くんと目が合う。形の良い丸い目で俺を見つめたと思えば、全身を隈なくサラリとチェックされた……気がする。そして、少しだけ口元を緩めて、何故か頬を赤く染めた。 「時間はかかるかもしれませんが、今の医学で、この盛り上がりや赤みを薄くする方法はいくつかあります」 「おっ、どのくらいになれるんでしょうか」 「完全に『なかったこと』にするのは、魔法ではありませんから、正直に申し上げて難しいです。ですが……花宮さんがこの背中を気にせず、衣装を着て、歌って踊れるようにお手伝いすることはできます」 「完璧には消えないんですよね」 「……はい。消すというのは肌移植になってきますので、もう外科の範囲になります」 「ならよかった!」 ん? よかった……? 完璧には消えないのに? 外科にシフトチェンジして綺麗さっぱり治療するという事だろうか。 「先生! 今日はありがとうございました! で、これからの事とか相談したいので連絡先教えてください! 出来れば食事とかも!」 「いえ、これから頑張っていきましょう。……ん? 連絡先? え? 食事?」 「はい! 治療のスケジュールとか不安な事とか先生にLINEしたいので! だめでしょうか?」 暖くんが椅子に座ったまま、俺にゆっくりと、ゆっくりとジリジリ迫ってきた。 やばい……可愛い……可愛い……可愛い……。 可愛すぎる……。脳内が『可愛い』の単語で支配される。どうしよう何も考えられない……。 連絡先ってなんだっけ。連絡先交換ってやつ? それっておはよーから始まって、今日は何するとか何食べたとか、暖くんの自撮りとか送られてきちゃったりして!? 『凍先生もぉ〜送ってよぉ〜自撮り! 浮気してないか今の写真送ってよぉ!』 パシャ 『暖くん以外といる時間なんて無駄だから、浮気なんてするはずないだろ? ほら。写真。今は診察の休憩時間だよ』 『白衣かっこいい。僕も早く先生に治療されたぁい』 『ふふ。特別診療予約する?』 『する。先生の往診待ってるからね?』 *** 「アクマデ……チリョウノイッカン……トイウコトデナラ……」 俺は最大限の力を振り絞り、小さな声で応答した。そして、医師として超えてはならないモラルをヒョイっと片足で飛び越えつつ、暖くんにLINEのQRコードを差し出した。

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