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同居

「寒川先生、夜ご飯今日はUberしちゃいますか?」 現在の時刻22時。 目黒区に構える、やや富裕層向けのタワーマンションの一室は俺の小さな城である。 そのメインルームであるリビングに、20歳を迎えたばかりの国民的アイドルが濡れた髪をタオルで拭きながらスマートフォンを弄っている。 「そうだね、なにか頼んでもいいけど…簡単なもので良ければ作れますよ。作り置きもあるので…嫌じゃなければ」 俺は、彼をあまり見ないようにと冷蔵庫と冷凍庫の中をチェックした。 あー、大したもんがないな。最悪だ。 若いし、肉とか揚げ物とか食いたいよな。 冷凍庫にあるのは、野菜しか入ってない炊き込みご飯だし、メインのオカズは豆腐ハンバーグだ。 たしか、肉が、あ、ふるさと納税の返礼品の牛肉があったはず。 「えーっと、お肉解凍するから30分くらいかかっちゃうけど肉豆腐くらいなら作れますよ。あ、おじさんクサイかな?うーん。やっぱりUberにしよう!」 冷凍庫の蓋を閉じようとした瞬間、俺の手首に白くて滑らかな手が置かれて冷凍庫は閉じられなかった。 「これ、なんですか?」 きめ細やかな白い手は、もう1本伸びてきて冷凍庫にキッチリ詰められている丸い物体を指さした。 あ、指。 可愛い。 ん!?こここここの可愛くて、新雪の様に白くて、滑らかな絹豆腐の様なおてての持ち主は!? 「だだだだだだだだだだ暖くん!?」 「あははっ!先生!俺さっきから居ましたし会話してましたよね?」 天国から奏でられるマリンバの様な、優しくて軽やかな笑い声がシンプルで無機質なキッチンに響き渡った。 そのマリンバを暖くんが叩いて音楽を作り出すなら、俺はマリンバになりたい。 「あはは、ご、ごめんね。やっぱりテレビで見ている様な方が家にいると思うと緊張しちゃって」 「先生、謙虚だなぁ。俺のファンでもないんだし、気にしないでくださいよ」 すみません、ゴリゴリの大ファンです。 激推しです。強いて言うなら推すというより、貴方は教祖です。入信してます。 「で!これ!ハンバーグ!?」 パッと俺から手を離すと暖くんは、冷凍庫から2つ丸い物体を取り出した。 「ハンバーグなんだけど、豆腐ハンバーグなんだ。花宮さん、若いし今日もダンスレッスンで疲れてるし、物足りないんじゃないかな?」 「えー?俺こういう家庭料理好きですよ。食べたい!これにしましょ?あ、これは炊き込みご飯!?炊き込みご飯大好きなんです!!」 「こんな物で良ければ」 「最高です。あ、俺結構太りやすくて。だから高タンパク低脂質なメニューはありがたいです」 「そうか、若いのにプロ意識があって素晴らしいね。俺が20歳の時、ラーメンとかジャンクフードばっかり食べてたよ」 気づかれないように、鼻から空気を多めに吸って深呼吸をしてどうにか平常心を保つ。 はぁ、汗かいちゃったよ。加齢臭出てないかな。 後でもう1回シャワーしよ。 俺は、電子レンジに炊き込みご飯を入れてセットすると暖くんにダイエットコーラを渡した。 「わ、助かります!」 「たまに飲みたくなるんだよね。さ、座ってて。寛いでてくれた方が俺も気が楽だから」 暖くんは頬を赤く染めて、ぺこりとお辞儀をしてソファーへ戻っていった。 良い子だな、本当に。 テレビや、YouTubeで見る優しくて元気な彼と変わらない。 想像と違っていたのは、部屋着くらい。 暖くんは、向こう側が見えそうなくらい着古されたスケスケなTシャツに伸びきったゴムの短パンを履いている。 しかし、そんなワイルドな彼も素敵だ。 はぁ、なんでこんな事に。 幸せなのに、幸せなはずなのに。生きた心地がしない。思い返せば3日前、俺は暖くんに会えた喜びで失神して半日入院したのだ。 そして、わけも分からないまま彼からの交際申し込みを承諾した。 *** 「勿論です!!!!」 俺の断固たる意志を伝えるべく、声を張り上げて返事をしたせいか病室は静まり返り、佐竹さんの口はポカーンと開いたままそのまま地面に着いてしまいそうだ。驚いている。 「わーい!ほれ見たか!佐竹さん!これは個人同士の問題だから口突っ込まないでよね!?」 「暖!!寒川先生はお前が仕事を辞めるとか言うから合わせてくれてるんだぞ!?すみません、寒川先生。こいつ変に頑固なとこありまして。寒川先生、断ってください。仕事は首輪付けてでも連れていきますから!!」 「うわっ!?ブラック事務所!!今の発言、Xとインスタに流してやるからな!?」 「んなもん、録音してないだろうが!!」 「してまーす」 ニコニコと楽しそうに涼が近づき、俺たち全員の顔が映るようぐるりとカメラを回している。 「なっ!!??そ、そちらの寒川先生!!やめてください!!困ります!!」 暖はやってやったと勝ち誇った顔に表情を変えて、俺に目線を移した。 そしてまた首に手を回して臀部を押し付けながら上目遣いで問う。 「先生ぇ、先生は嘘つかないよね?」 つくもんか。シュガクレから暖くんがいなくなるのだけは阻止しなくてはならない。 「わかりました」 佐竹さんはガクッと肩を落とし床を見つめてブツブツ呟いている。ごめん、佐竹さん。 でも俺の命の源はシュガクレで活動する暖くんなんだ。 「ひょー面白!凍兄さんが、トップアイドルと付き合い始めたぞ!」 「では、準備が出来次第、暖を寒川さんの自宅に住まわせます」 「うん!そうしよ!引っ越す!」 「こら!暖!よく聞け!一緒に住んでもらうのは、あくまで致し方なくだ。その代わり、外では会うな。一緒に部屋から出てくるなよ!?絶対に撮られるなよ!?」 「わかってるって。大丈夫。ファンは大切にするから!」 暖くんは、俺が言葉を発しようとすると柔らかな臀部を押し付け黙らせた。 なんてこったい。ご褒美の連発である。 「寒川先生、弟の寒川さんも。口外厳禁でお願いします。きっと暖も遊びたい年頃なので、ワガママ言いたいんでしょう。うちの大切な暖をお願いします」 佐竹さんは深く深く頭を下げた。 彼は、マネージャーだがきっと暖のことを真剣に考えている。だからこそ、引くところは引いて彼を甘やかしたいのであろう。 「凍兄さんは真面目ですし、大丈夫ですよ。面白いので僕がしっかり監査します」 涼は録画を止めてスマートフォンをポケットにしまうと、ニコニコ笑いながら佐竹さんの手をとってぶんぶん振り回した。 「あの、本当に住むんですか!?うちに!?」 「はい!支度するので今日からはとはいきませんが、よろしくお願いします!」 「さすがにそれは、あうっ!!」 正気を取り戻した俺が、同居提案を拒もうとするとまた柔らかな臀部が俺の俺を刺激した。 幸せすぎて上手く話せない。 「こんなこと言いたくないけど、暖、薬はちゃんと飲めよ」 「飲む飲む!!!!ビタミン剤ね!!!!わかってるよ!!佐竹さん!!!!細かいことは後でね!!!!」 佐竹さんがなんやら忠告したが、暖くんはバッと俺から身をはがしヤケに大きな声で返事をした。 *** 「まいったな、本当に」 俺は炊き込みご飯をお椀によそり、入れ替えで豆腐ハンバーグを電子レンジに任せた。 冷蔵庫から、絹ごし豆腐を取り出し出汁をとった味噌汁に加えていく。 料理は、少し冷静になれるからいいな。 俺の苦労もつゆ知らず、エンジェル暖くんは匂いを嗅ぎつけスキップしながらキッチンに近づいてきた。 俺の幸せな地獄はまだ始まったばかりだ。

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