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呼び名

「わああああああああああっ」 俺は、暖くんの声だと一瞬にして脳内で判断して 尻を彼に向けたまま一気にズボンを引き上げた。 終わりだ…もう終わりだ… 人の部屋に勝手に侵入して、相手の寝具と部屋着、そして洗濯前の下着に顔を埋め自慰行為に耽ってたなんて。 暖くんの事務所に度が過ぎたストーカー行為の、精神的苦痛訴えられたら素直に応じよう。 示談になるとは思うけどできる限りの謝罪と、俺が持っている資産はすべて暖くんに譲り渡す。 事務所に伺ったらまず、頭を床にこつり付けて、土下座をして。許してもらえるまで、何時間でも頭を下げ続ける。暖くんの気が済むなら頭を踏みつけて頂こう。 きっとその時の暖くんは…ゴミを見るような目で俺を見るだろう。 いや、見てくださるだけありがたいか。 俺は最悪のパターンを頭の中で精一杯想像し、恐る恐る後ろにいるであろうこの部屋の現在の住人に顔を向けた。 「…はぁ…すごい…αのフェロモンが…先生…αなのにΩみたいに巣作りしてくれたんですか?」 暖くんはなんだか嬉しそうに口角を上にあげると、ジュルリと音を立てて口元をだらしないスウェットで拭きあげた。 巣作り?巣作りって…Ωがヒート中の求愛や、妊娠中、子育て中に行うことがあるという生殖本能のことだろうか。 「あ、あの…これは…本当にごめんなさい…俺、俺…」 先程の動作は涎を拭き取ったのか。 そんな事を考えている場合ではないのに、部屋は俺を錯乱させる性の香りが一段と強くなる。 この危機的状況に、絶対萎えなくてはならない俺の下半身はズクリと音を立てて更に太く熱く立ち上がった。触れていなくてもビクビクと脈を打ち動く。まるで、別の生き物として確立した様に。 「先生…ちょっとまっててください。僕が楽にしますから、ちょっとだけ」 暖くんは俺の姿を上から下まで舐めまわすように1度くまなく堪能して、近くにあったカバンを持って、小走りで寝室から出ていった。 楽に…?この変態犯罪者の息の根を止めるということだろうか。 その場合、ありがたく応じよう。 推しに最期を決めていただけるなんて光栄だ。 俺は今まであった、楽しかった推し活の日々を思い浮かべながら、もう一度暖くんの下着に顔を埋めた。頭では止めるべきとわかっていたが、香りをかぐことはどうしても止められなかった。 ガチャ。 10分ほどすると、寝室の部屋を開ける音が部屋に響く。ドアは閉めないまま俺に近づき、ベッドの上に座ると膝立ちで俺と向かい合わせになった。 「先生、戻りましたよ。へへ。先生、まだくんくんしてる。あ、下は触らないでいたんですか?えらーい。理性保つの辛いですよね」 「あ…いや…もう大丈夫だ。申し訳ない。下着は洗って返す。言い訳にしかならないが、とにかく良い匂いで我慢が出来なかったんだ」 暖くんが部屋に戻って来て、話し始めると先程までの香りが少しずつ消えていき、いつも通り無臭の普通の寝室に戻っていく。 「先生、αだから性欲強いんですね。きっと何日も抜いてないんでしょ?だから僕の香水にムラムラしちゃったんじゃないですか。今空気清浄機つけて、部屋換気してますから」 「…申し訳ない。とんでもない事をしでかしてしまったよ。ただ、αだからと言ってこんな変態行為は許される訳でもない…どんな望みも従う。土下座でも、慰謝料でも、週刊誌、配信者へのリーク。気が済むようにしてくれ」 「…寒川先生…」 暖くんは俯く俺をみて、はぁと小さなため息をついて小さくて可愛いすべすべ杏仁豆腐のような手を伸ばし俺の頬を包んだ。 「嬉しかったです。まだ間もないですが、恋人が興奮してくれて。びっくりはしましたけど」 ニコリと笑うと、暖くんの頬がじわりとピンク色に変わった。照れている。か、可愛い。 「ありがとう…優しいね、花宮さんは。俺がこんな事をしでかしても慰めてくれるなんて…」 暖くんの声を聞くと泣きそうになる。あぁ。泣きたい。 「先生。恋人になったんですから。暖って呼んでください。びっくりした時とか、たまに暖くんって呼んでくれるじゃないですか」 「ああああああれは…いい名前だから…つい」 「でしょ?だから暖って呼んでください」 「流石に呼び捨ては…」 俺がボソリとつぶやくと、目の前には雨に打たれた子犬がうるうるとした瞳で見つめている。 や、やめてくれ…可愛いでしかないじゃないか。 しかし、推しを呼び捨てにするなんぞ、俺の中でのギリギリ存在する倫理観が許さないんだよな。 暖くんの下着でオナニーしといて言えることじゃないけど。 でも…推しを悲しませる訳にも行かない。 「わかりました。では、暖くんでいいですか?」 「はいっ!じゃあ、こっちは凍さんって呼びますね」 「ありがとうございます…」 「なんでお礼?たまに凍さんって変ですよね。日本語と動作が。帰国子女とかですか?」 「いやいや、ホームステイしたくらいで…日本が好きな中年オッサンだよ」 「ふーん」 暖くんは俺の頬から手を離すと、人差し指をピンと伸ばして見せつけてきた。 これから悪いことをしますよと、予告するような眼差しでまた口角をニヤリとあげている。 「中年にしては、ずーっとここ。かたーくなったままですよ?」 「あうっ」 「楽にしてあげるって言いましたよね?」 「!?そ、それは、換気するという意味では!?」 「先生、僕に任せて」 暖くんはまた頬を一段とピンク色にそめて、俺の胸に手をついてゆっくりと押し倒す。 「先生は僕の言うことを聞いてれば幸せになれますからね?」 意味深な一言を小さな声で呟き、ベルトをカチャカチャと緩め、わざとジィーっと音を立てながら興奮で出来上がった欲望の塊にまた指先で触れた。 あぁ、もうどうにでもなれ。 どうにかなってもいい。 この先の行為を望む意志を表すように目を閉じて、はぁと快楽の息をついた。

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