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子供
「暖〜なぁにニヤニヤしてるのっ」
4月下旬にもなると、スウェット素材のジャージは体温がこもり暑くなってきた。
レコーディングを終えたその日は、事務所に戻ってきてただとにかくボケーッとしていた。
そんな僕の油断した姿を狙ってか、アニメキャラクターのTシャツを着た、Sugar☆crapesのメンバー・大庭鹿緒(おおばかお)が後ろから羽交い締めに抱きついてきた。
「うわっ、やめろよー鹿緒。BLドラマは終わったんだよ」
「あははっ。別に深い意味は無いよー?でも、最近の暖は…出ちゃってる。フェロモンが」
ニヤニヤと口元を緩ませているであろう鹿緒の顔が想像出来る。首元をツンとつつかれ、俺はうっかりビクリと反応してしまった。
「だから!首触るなって!」
「ごめんごめんー!だけど、ここから甘い匂いが出ちゃってるからつい。追加の抑制剤飲むか、フェロモン抑制剤パッチを貼っておけば?シュガクレにはαいないけど、この後の撮影カメラマンはαだって噂あるよ?」
「…わかってる。最近どうもフェロモンの分泌量が多いらしくて」
Sugar☆crapesのメンバーは全員で3人だが、俺以外はβだ。α程ではないがβがΩに反応しないわけでもないし、発情期のΩフェロモンには普通にクラクラきてしまうらしい。
ただ、βはβの世界線で生きているし、その価値観は第2次性に振り回されることが少ないようだ。
だから自然とβはβを選ぶことが多いし、ましてや天然記念物並に少ないΩ男性と恋愛をしようなんてことが、考えるまでにも至らない。
「で?何ニヤニヤしてた?」
「…」
「例の医者?温から聞いたよー?暖に恵比寿の美容皮膚科紹介してから様子が変だって。送りの車も、品川のマンションじゃなくて目黒のタワマンだったらしいじゃーん」
…佐竹さんか。
俺の今回のわがままっぷりをメンバーに漏らしている可能性がある。
まあ、かなり強行突破だったし…仕方ない。何を言われても。
それ程、手に入れたいのだ。
他には何もいらない。
やっと見つけたんだ。
寒川凍。
「そうだよ、付き合ってる。αの医者だよ。ハイスペイケメン坊ちゃんな人生苦労知らずなタイプかなぁ?」
「それは、芸能界引退も見据えて?」
「決めては無いけど、結婚するなら辞めるよ。僕は芸能人になりたいとは思ったことがないし」
「現実味がある婚活なのかー。シュガクレやめちゃうの?」
「結婚するなら辞めるよ。そもそも俺はファンを騙してるし」
「騙してるなんて言うなよ」
「繁殖力がない男を魅力的に感じるか?」
俺はΩ男性だ。
Ω男性には男性性器があり、腹の中には子宮を宿している。
興奮し男性器から排出される液体には何も入っていない。子孫繁栄を望むなら、自分が孕むしかないのだ。
男性Ωでも、女性βと結婚して子供はいなくても素敵な夫婦関係を築いている人はいるらしいし、α女性、α男性、β男性となら子供を持てるから妊娠する人もいる。
僕は…今まで性的欲求が何なのかわからなかった。男なのに子宮があり、孕ませることができない自分の不完全な身体を受け入れられなかった。
だが、彼に出会ってから今までの考えは無駄だったと思い知った。
僕は彼の子を産むために生まれてきたのだと。
「ごめん…」
「いや、重い話してごめん!Ωだと秘密にしてくれてありがとうな」
「その、先生は知ってるの?」
「まだ…言ってない」
「言わないのか?」
「…セクシャリティ関係なしに僕を愛して欲しいんだ。きっと先生はゲイだから」
僕の珍しく真真面目な口調を聞いて、鹿緒はギュッと手を握ってくれた。
温かい。じんわりと鹿緒の気持ちが皮膚を通じて伝わってくる。
「大丈夫、保証は出来ないけど。人を愛したら暴走するのが人間だから、俺も温も応援する」
「…」
鹿緒はもう1度手を握ると、握手を交わすように手での交流を楽しんでくれた。
「ありがとう、絶対手に入れてみせるから」
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