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第8話
颯希は帰りの電車の中、自らの右の掌を見つめていた。
(穂積の手、白かった。
指は長いし、綺麗。
少し骨ばっていた所は穂積らしかったかな。)
そんなことを考えていた自分が恥ずかしくなり、目線をスマホに向ける。
新着メールが二通届いていた。
まず一通目。
差出人は悠馬だった。
内容を確認する。
「よお。どうだった?伊織とのデートっ!お前の気持ち、ちゃんと伝えられたか?」
どこか小馬鹿にされているような文面ではあったが、ちゃんと親友を気遣ってくれているのが伝わる、なんとも悠馬らしい文章だと颯希は少し笑った。
「楽しかったよ。でも、気持ちはまだ伝える気はないかな。穂積を困らせたくない。」と返信。
伊織のことが好きなのは確かな颯希の心だ。
けれど、もしこの気持ちを伊織に告白したら、もう友人には戻れないだろう。
颯希は何より悠馬と伊織との友人関係が壊れることが怖かった。
自分の臆病さに呆れ、小さなため息をつく。
次に二通目。
差出人は伊織だった。
内容を確認する。
「今日は、ありがと。楽しかった。」
短い文章。
一見すると冷たそうな文面だが、伊織からメールが届くだけで嬉しく感じた。
いつだって素直な伊織はメールであっても嘘は吐かない。
「楽しかった。」と書いてあれば、本当に楽しかったのだろう。
また、基本的に颯希と悠馬、家族のメール以外は読みもしないほどコミュニケーション力が低い伊織が、連絡事項以外で自分からメールを送っていることは本当に珍しく、心の底から感動してしまう。
「こちらこそ。誘ってくれてありがとう。俺も楽しかったよ。」と返信している自分の顔は、多分少しにやけていると思い、顔を左手で隠す。
数分後。
新着メールが一通届いた。
差出人は伊織。
「あけおめ。今年も、宜しく。」
先ほど言い忘れたことに気づいたらしい。
今更届くメールが面白く感じた。
「あけましておめでとう。今年も宜しくね。」
返信した颯希の顔はまだ少し笑っていた。
一月九日。
今日から三学期。
中学二年生もあと少しで終わると思うと一年間が妙に短く感じられた。
そして今日も変わらず三人で集まっている。
「あけおめっ!そんで、ことよろなっ!」
薄桃色の癖のある髪を揺らしながら悠馬が元気よく新年の挨拶する。
「ん…。あけおめ。よろしく。」
伊織は怠そうに言うといつものように寝始める。
「うん。あけましておめでとう。こちらこそよろしくね。」
颯希はふわりと笑った。
二月二十四日。
気がつけば一月が過ぎ、二月もあと少しで終わる。
自分の気持ちに気づいてだいぶ時間が経ったが未だに伊織との進展はない。
いつものように三人で昼食をとっている途中、悠馬が塩ラーメンを啜る手を止めた。
「なあ。あのさ。明日じゃね?颯希の誕生日。」
それに続いて伊織も口を開く。
「二月二十五日って、前に聞いた。」
「そうだよ。明日。」
二月二十五日。
同級生の大半はすでに誕生日を迎えている中、ようやく自分も歳をとるのだなとしみじみと感じる。
けれども祝日でもなければ休日でもないため、普通に学校に来るだけ。
誕生日らしいことといえば家族でケーキを食べることくらいだ。
伊織が自分の誕生日を覚えてていてくれたことに喜びを感じる。
我ながらあまりに小さな喜びに自分で笑えてしまいそうになった。
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