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第23話
「ありがと。」
ただ一言告げた伊織は次のコーナーへと進んでいく。
「次、いこっ!」
颯希の言葉で完全に解決したわけではないだろう。短所を少しずつでも改善していくことはやはり難しい。
けれど、先ほどに比べればやはり晴れやかな表情が見れたのだから、無駄ではなかったと颯希は安堵し、ふわりと笑って伊織の隣を歩いた。
それからの時間はあっという間に過ぎていき、時刻は十八時。
一通り館内を周り、水族館を後にし、二人は駅で別れた。
帰りの電車の中、時間も時間で、ラッシュに捕まってしまい、混雑した空間であっても、颯希の心は晴れやかだった。
告白まではできなかったけれど、伊織の表情が明るくなってよかったと思う。
(少しは穂積の助けになれていたら良いな。)
子供のようにキラキラとした目を水槽へと向ける姿。思い悩んだときの暗い顔。心が軽くなった瞬間の晴れやかな笑顔。
伊織について多くのことを知れた大切な日。
自然と緩む口元を覆い、また表情を隠した。
三月十二日。
今日も昼から補習。
けれど颯希は朝七時に起き、朝食を済ませ、ゆっくりと過ごしていた。
毎日学校へ行けば、朝に予定がなくとも目覚めてしまう。慣習、というものだろう。
何気なくテレビをつけるが、特に興味はわかず、自室の本棚を覗く。
何十冊もの本がずらりと並ぶ中、一冊の緑色の表紙の本を手にとる。
それは恐ろしく頭のいい高校生の主人公がひょんなことから妙な事件に巻き込まれ、様々な事件を解き明かしていくという、推理ものの小説。
「…懐かしい。」
小学生の頃に買ってもらった本。数ある本の中でも、一番のお気に入りで、この本ばかりを読んでいた。
中学生になってからは色々と忙しくて、ゆっくり本を読む時間もなかったな、と気づく。
手に持った本を元の場所へ戻し、ベッドに仰向けになる。
そう、色々と忙しくなったものだ。
同じ中学生としての生活でも、一年生の頃よりも二年生の現在の方が遥かに忙しい。
勉強の内容も深くなり、毎日の学習が大変。
部活では後輩という新しい存在に戸惑う。
けれど、一番の原因は勉強でも部活でもない。
「恋愛…だよな。」
伊織への恋愛感情。
男同士。親友同士。戸惑う理由を挙げればきりがないほどだ。
伊織と付き合って、どうしたいかはわからない。
けれど、告白すらしていないくせに独占欲ばかりが先走る。
ただ好きで。どうしていいのかわからない。
初恋が伊織なのは素直に嬉しい。けれど、恋人同士って何をするのだろう?いままで誰も好きにならなかったし、もちろん彼女もいたことなどない。
(いままで読んだ本の中の恋人たちは、手を繋いだり、甘えたり、キスしたり。一緒に住んでいたり?)
颯希は考え出した事柄を自らと伊織に当てはめてみることにした。
(まず、手を繋ぐ。これは初詣でしてた。
次に、甘えあう。穂積から甘えられることは日常茶飯事かな。
あとは、キス…。)
そこで颯希の伊織との恋人イメージは途切れた。
(…キス?俺と穂積が?って、え?)
颯希の顔が林檎のように赤く染まる。
自分で妄想した伊織とのキスをかき消すようにその顔を両手覆い、うつ伏せになる。
(やばい。穂積の顔見たら、ドキドキしすぎて死ぬかも…。)
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