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第41話
「わわっ…」
ひいた足から体の芯がぐらつく。
硬く、冷たい氷の上に倒れこむ衝撃を予想して、颯希は身構えた。
「…あれ?」
けれど、いつまで経っても覚悟していた痛みは訪れない。
代わりに感じたのは、暖かさだった。
「セーフ…」
悠馬の声がして、颯希は状況を確認する。
伊織が後ろに倒れ込もうとする颯希を抱き寄せ、後ろでは悠馬が背中を支えていた。
颯希が慌てて体勢を立て直すと、悠馬が顔面蒼白になりながら口を開く。
「気をつけろよっ。こんなとこで頭打ったら死ぬぞ!」
本気で心配してくれている悠馬に、颯希は申し訳なさそうに「ごめんね」と謝った。
そして、颯希は一つの不思議な状況に気がつく。
先ほど転びそうになった颯希を抱き寄せた後、颯希が体勢を立て直した今も伊織は颯希の腕をしっかりと掴んだまま俯いている。
「…穂積?」
呼んでも反応がなく、握った腕を離さないまま固まる伊織。
突然のことで驚きすぎて固まったのかもしれないと考えた悠馬も、伊織の顔の前に手を振りながら声をかけた。
「おーいっ。伊織!」
途端、はっ、と意識を戻した伊織は「…え?」と何が起こったのか理解できていないような声を出す。
「え?って。お前、颯希を助けてんじゃん」
悠馬がそういうと、伊織は掴んでいる颯希の腕をみて、目を見開いた。
「…無意識、とか?」
颯希がそう呟くと、伊織がゆっくりと頷く。
颯希と悠馬が驚き、目を見開く。
「…怪我、してない?」
そんな二人を気にせず、伊織は尋ねる。
「うっうん!大丈夫。二人のおかげだよ。ありがとう」
颯希が答えると、二人は心底安心したように笑う。
一時間三十分後。
時々休憩を入れつつ、三人はスケートを続けた。
「颯希、すごすぎだろ」
悠馬が最初と変わらず、ゆっくりと進みながら呟く。
「そう?でも、かなり慣れてきたよ」
伊織と悠馬に教えてもらいながら、滑り方を理解した颯希は、もう一人でスイスイと滑れるようになっていた。
普段本を読んだり歌を歌ったり勉強している颯希は、運動は苦手なのだと思われている。
実際、好きでもなければ得意でもないが、平均よりはできる。
やり方さえ正しく理解できれば、どんなことでもわりとできる。
それは凄いことなのだが、本人はその凄さを理解していない。
一番前を爽快に滑る颯希の後ろで、悠馬が伊織に耳打ちする。
「頭の回転早いくせにアホなんだよな、あいつ」
「うん。俺も思ってる」
二人は頷き、颯希を見る。
颯希は二人の視線に気づいて、「どうかした?」と尋ねると、二人は笑いながら「なんでもないよ」と返した。
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