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第42話

「そろそろ、次、行こ?」  伊織が二人に言うと、悠馬がスマホのディスプレイを見る。 「んー、だな。時間的にもう次行ったほうがいい」  三人はスケートリンクを去り、靴を履き替えた。  数分後。  バッティングセンターに到着し、唯一経験している悠馬を先頭に、二人が中へと入る。  次にボウリングに行く時間を考え、一番短い一プレー二十球ずつを選択した。 「俺、久しぶりでさぁ。打てっかなー」  ピッチングルームに入る直前、悠馬が肩のストレッチをしながら呟く。  少しして、いよいよ機械が作動し、ボールが出された。  悠馬がバットを振り抜き、ボールが打ち返される。  自信がないようなことを呟いていたにも関わらず、一級目からしっかりと打ち返す悠馬に二人はあまり驚いていなかった。 「流石だね」  颯希が呟くと、伊織も同様に頷き、「悠馬だもん」と呟いた。  悠馬は体を動かすことが好きで、普段から休み時間に他クラスの生徒達とバスケやサッカーなど、様々なスポーツをしてよく遊んでいる。  運動が嫌いで、休み時間はゆっくりと過ごしていたい颯希と伊織はその様子を見かける度、「自分には無理」と話していた。  テーブルに頬杖をつき、ぼんやりと悠馬を眺める伊織がそっと呟く。 「あのさ、颯希」  いつもと同じ、落ち着いたトーンで声をかけられ、颯希は「ん?」と自然に返す。 「俺に、何か隠してない?」 「えっ」  瞬間、颯希は目を見開いた。  伊織は真剣な表情でまっすぐに颯希を見る。 (もしかして、気づかれた?)  颯希の中で不安が広がる。  伊織への好意が、本人にバレたのか。  颯希の心臓はバクバクとその鼓動を早めた。  明らかに動揺した颯希をみた伊織は少し悲しそうに俯く。 「最近、颯希おかしい」  静かに、少し低いトーンで伊織はゆっくりと話す。 「顔赤いし、大丈夫かってきいても、目逸らしたり俯いたり。よく倒れるし、さっきだってころびそうになった。それに、朝も必死な表情で抱きついてくるし…」  だんだんと低くなる声と、暗くなる表情。  それに気づいた颯希はまだ残る下唇の傷跡を軽く噛んだ。 (これは、もしかして、フられる?) 「颯希ってさ」  ゆっくりと呟かれる言葉。  その続きを聞きたくないと感じる颯希。  けれど、伊織は続けた。 「どこか悪かったりするの?」 「…へ?」  伊織がきき辛そうに告げた直後、予想していた展開とは違う方向へ進んだ会話に、颯希から素っ頓狂な声が漏れる。  けれど、伊織は真剣な表情で続ける。 「俺に言えないくらい、重症なの?」  病…なのかはわからないけれど、確かに重症ではある。  今まで色々な本を読んできた中で、こんな表現があったと思い出した。  恋の病に薬はない。と。  薬が使えないほどの重い病らしいが、それは今は関係ない。  目の前の伊織の必死な表情がそれを伝える。  予想の斜め上をいく伊織の発言に驚き言葉を失った颯希をみて、伊織が小さな声で話す。 「俺、悔しいんだ。今日颯希が俺に抱きついた時、悠馬が誤魔化してくれてたのみて、知らないのは俺だけなんだって。  俺だって、颯希と悠馬が大事だし、二人のためにできることはしたい。  でも、俺には言えないことなのかなって考えたら、なんか、悔しくて」  悲しそうに俯いたままの伊織。  颯希は慌てて否定した。 「ちっ違うよ。病とかじゃないし、大丈夫だから!」  顔を上げた伊織が「ほんと?」と呟き、颯希は必死に首を縦に振る。 「そっか。違うなら、良かった」  伊織は安堵の息を漏らす。 「はあ、楽しかったー」  ガチャリと扉が開き、悠馬が戻ってきた。

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