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第45話

「颯希すげーな」  悠馬が揚々と笑う。 「最後の二球、しっかり返せてたじゃん」  最初こそ、速すぎて見ることすらできていなかったけれど、一球ずつ成長していくその能力が凄すぎる。  けれど本人はやはり不思議そうな表情を浮かべた。 「うーん。なんとなく…かな?」  それを聞いた悠馬が明る様に伊織に耳打ちする。 「だってよー。どう思う?」 「うわぁ…」  伊織が眉をよせ、引いた様子を見せた。 「え?」  颯希が驚く。  けれど本人にはわからない。 「まあ、普通は伊織にみたいな反応するよなぁ」  はあ、とため息をつき、悠馬は颯希の肩にぽん、と手を置く。 「まあ、颯希だからしゃーないわな」  後ろの伊織も頷く。 「そうだよね。颯希だもんね」  一回乗り換えをして、電車に揺られること十五分。更に、徒歩二十五分ほど。  数多くのビルが立ち並ぶ道を進み、三人はようやくボウリング場にたどり着いた。 「よっしゃー!着いた!」 「…疲れた」  悠馬が元気溌剌と声を上げるが、伊織は逆。  足腰が痛いとまるで老人のようにぼやいている。 「大丈夫?」  颯希が心配の声をかけると、ふう、と息を漏らし、少し低い声で呟く。 「こんなに運動したの、いつぶりだろう。もう、無理すぎ」  自分の気になったものならアウトドアなことでも何でもやるけれど、体力的に問題がある。  好奇心をくすぐる物事と直面すれば、別人のように積極的になるけれど、忘れてはいけない。  普段の伊織とは、寝ること、食べることですら「面倒だ」と放棄する、寝不足と栄養不足が当たり前の無気力人間であることを。  体調不良の塊のようなこの男はもちろん十分な運動もしない。  持ち前の好奇心で始めてみた弓道部の活動くらいだ。  颯希は前に伊織が「始めたはいいけれど、やめるタイミングも掴めなくて、いつの間にか三年生になってしまった」と呟いていたことを思い出す。  弓道自体は嫌いではないらしい。本当に嫌いならとっくに辞めているはずだ。  けれど、面倒臭いことには変わりないらしい。  最初、颯希はそんな伊織の何となく矛盾した面を不思議に思っていたけれど、これといって気にすることもないことだと理解してからはあまり考えないようにしていた。  結局は、「穂積は不思議だね」で片付いてしまうからだ。  そして、そんな伊織に体力なんてものはなく、いくら好奇心をくすぐられようと、この問題だけは解決するわけなどないわけで。  今目の前で辛そうな表情をするのも当然といえば当然なのだが、颯希がそれを甘やかすだけなはずはない。 「ほら、だからいつもちゃんと食べて寝てっていってるのに。  これじゃあ、体力づくりとかしようとしてもできないよ」  伊織が「うーん、うん」と唸る。 「もー、少しずつでもちゃんとしなよ?」  最後には伊織に甘い颯希のお説教。  疲れも相まって、渋々それを受ける伊織をみて、悠馬が口を開いた。 「まあまあ。確かに伊織は体力なさすぎだし、体調管理に問題ありすぎだけど、その辺にしとけって。な?」  伊織を颯希が怒って、悠馬が止める。  いつもの流れが完成し、颯希は口を閉じた。  それで完結かと思えば、悠馬も伊織に甘くはない。 「伊織、お前もなぁ、颯希に怒られ続けてねーで改善してけよ?」  颯希同様に口を閉じた伊織に、悠馬が得意のデコピンをくりだす。 「痛っ!」  勢いよく放たれたそれは伊織の額をかすかに赤くさせた。  これもいつもの流れだが、何回やられても痛いものは痛い。  伊織は赤くなった額を摩りながら口を尖がらせた。 「暴力反対。悠馬酷い…」  「流石にやりすぎなのでは…」と感じた颯希が、伊織の頭を撫でる。  「颯希ぃ〜」と颯希にくっついてくるのも。颯希がそれにいちいち赤面するのも。もちろんいつものことだ。 「俺らって、成長しねーよなぁ」  そんな微笑ましい日常を再認識した悠馬が呟く。 「確かにね」  いつものパターンを変わらず続けている現状に、三人は笑いあった。

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