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第49話
(…やばい)
バックバックと心臓が煩く反応し、顔だけでなく耳までもが真っ赤。
熱でもあるのではないかと思うほどに身体が熱くて、頭がくらくらする。
視界もなんとなくぼやけてきて、今にも倒れてしまいそうだ。
胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸。
どうにか落ち着かせて二人のところへ戻らなくてはいけない、と冷静になろうとするけれど、高鳴る胸はおさまることを知らない。
手からは相変わらずバクバクと慌ただしい様子が伝わる。
今朝公衆の面前で自分から伊織を抱きしめておいて、今は間接キス一つでこの有様。
実に情けないものだと呆れ、ため息が出そうになる。
(いつから、こんな風になったんだっけ?)
こんな風とは、颯希が伊織と関係すること全てに敏感に反応するようになったことだ。
いつからか、そんなことはわかっている。
伊織が好きだと気付いた時からだ。
颯希の初恋は、伊織だ。
けれどそれは、「男が好き」というわけではない。
生物学的な考えで、全ての生物には「自らの子孫を残したい」という生物の絶対的な本能があり、それゆえに異性を愛する、というものがある。
もちろん颯希にも他の生物同様にその本能が備わっているわけで、異性に対してそれなりに意識もする。
同性とは違った、異性特有の雰囲気に魅了されることだってある。
だから、普通に女の子が好きなのは間違いない。
間違いないはずなのだが、颯希は男である伊織を好きになった。
それはつまり、女とか男とかではなく、その人物自体を愛したということである。
それは紛れもない事実であり、颯希が悩まされている点でもある。
性別を超越するほどに深く、確実な愛情。
それがどんなに凄いことなのか、颯希は自身で実感している。
それほどまでに好きな相手なのだから、その相手とことあるごとに過剰に反応してしまうのは仕方のないことではある。
けれど、相手からすればそんな気持ちを理解することなどできない。
これが異性同士であれば、「恋愛感情を抱いている」というのが両者の考えの中にあるかもしれないし、たとえあっても不思議なものではない。
では、同性同士の時はどうだろう?
果たして、お互いの考えの中に「恋愛感情を抱いている」というのはあるだろうか。
多くの場合はないだろう。
相手にもよるが、あったらあったで理解し難いものなのではないだろうか。
そして、そんな考えを持たない同性同士が一緒にいれば、気軽に接触をすることだって多い。
特に颯希と伊織のように、お互いが親友同士なら尚更だ。
颯希が意識していると思わないから、伊織は抱きついたり、手を繋いだり、回し飲みを誘ってきたりする。
同性を愛するということは、異性を愛することよりも遥かに難しいものなのだ。
「颯希、大丈夫か?」
戻るのが遅かったのか、悠馬が様子をみにきてくれた。
「…うん」
「いや、大丈夫じゃないだろ。顔赤すぎ」
どうやら伊織から何があったのか聞いたらしい。
悠馬は焦る様子もなく、ゆったりとした口調で話す。
「ごめんね」
「心配して来てくれたのに、赤面して戻れずにいたなんて申し訳なさすぎる」という気持ちを込めて、謝ると、悠馬は「平気平気。しょうがないじゃん」と返してくれる。
数分後。
ようやく心臓の音が落ち着き、顔の赤みも引いた。
「よっし、戻ろーぜ」
「うん」
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