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1話 狙うは玉の輿
王立ステラ学園の学び舎は広い。広大な敷地にはさまざまな施設があり、剣術の訓練を行う訓練場のほか、乗馬訓練を行う馬場、魔法の研究棟や図書館、庭園など、とにかく色々な施設がある。
(ゲームじゃ分からなかったけど、色々あるんだな~)
構内をキョロキョロ見回しながら歩いているのは、『転生モブ同盟』メンバーであり、商家出身の平民、フタミ・クローバーである。本日は王立ステラ学園の入学式だが、入寮手続きなどもあるため式典は午後からとなっている。荷物の少ないフタミは、寮の部屋に鞄一つを放り込むと、すぐに学校散策としゃれこんだ。
ゲームでは背景画像に過ぎなかった学び舎は、実際に歩くととてつもなく広いと思い知る。
フタミは、前世では大学生だった。『星降る夜のファンタジア』の存在を知っていたのは、大学で同じゼミだったサブカル好きの女の子が遊んでいたからだ。彼女の気を引くためにゲームをプレイしてみたものの、冒頭を少し遊んで飽きてしまい、結局クリアはしなかった。そのため、ゲームの知識は基本的な情報は知っているものの、詳細を語れるほどには詳しくなかった。
とはいえ、一度はゲームを遊んだ身である。ゲームではただの一枚の絵だった校舎を実際に歩くのは感慨深い気持ちになるし、見えていなかった部分を知ることができるのは、なんとなく面白い。ゲームでは省略されていた建物の裏側や天井を見ても面白いし、こことそこが繋がっている、なんて新たな発見もある。もちろん、ゲームでは存在していなかったトイレもある。さながら、テーマパークに作られた、精巧なアトラクションのようだ。
(イチルは頭が固いんだよな。折角転生したってのにさ、知識を利用しないでどうするんだっての)
イチルは、ストーリーを変えないことを一番の目標にしている。だが、フタミからすると、考えすぎもいいところだ。このゲームは恋愛主軸で別に魔王や邪神が居るわけじゃない。そのストーリーで、どうやって話が逸脱するというのか。
(そりゃあ、オレがヒロインちゃんに手を出したら、マズいのは解るけどさ)
逆に言えば、それだけだ。ヒロインにさえ手を出さなければ、大きな問題になるはずがない。ゲームではヒロイン以外の女の子は汎用キャラクターのグラフィックで、特徴のあるキャラクターはいなかった。そんな『モブ』な令嬢を口説いて、玉の輿に乗ることの何が問題なのか。絶対に問題ないはずだ。
「とにかく、この三年の内に、どこかの金持ちの家に婿入りして、贅沢三昧の玉の輿生活を送ってやるぜ!」
フタミは改めて、自分の目的を胸に、学園の尖塔を見上げたのだった。
◆ ◆ ◆
(とはいったものの……)
学園内にある庭園は、美しく手入れされており、見るものの目を慰めてくれる。商人気質のフタミにしてみれば、これほど見事な庭園が無料で開放されているのは、かなりお得だと思う。
「お。マリベルの花だ。これメチャクチャ高いんだよなー。ここにアイスクリームショップとか置いたら儲かりそう……じゃなくて」
つい商売のことを考えてしまう自分に突っ込み、改めて辺りを見回す。学園の壁は全て同じレンガで統一されており、デザインも似たような感じなので、とてもオシャレだ。
だが。
(完全に迷子です。ありがとうございます……)
ハァとため息を吐き、マリベルの毬のようにまるっこい、青く美しい花を手のひらで転がす。
軽い散歩のつもりだったが、気づけば迷子。知っていると思っていたマップだったが、アドベンチャーゲームの性質上、多くの場所が省略され、使い回されていた。故に、ここが何処だか解らない。
(こういう時にスマホがあればなぁ……。魔道具開発はイチルが良い顔しないんだよねえ)
前世フタミは、理系の大学生だった。電気工学関係を学んでおり、友人の中には趣味でLEDを一万個つけるバカがいるなど、技術関係に特化した変人が多い学部である。
この世界の魔道具は、電気エネルギーが魔法になったようなもので、物理法則や理論はかなり似通っている。そのため、時間と金さえあれば、大抵のものは再現できるだろうというのが、フタミの目論見だ。
現在、フタミはイチルと共同経営の会社『日の本商会異世界出張所』では、懐中魔灯と魔導コンロ、魔導ドライヤー、魔導扇風機などを販売している。いずれもかなり売り上げが堅調で、儲けさせて貰っているが、フタミの理想には遠い。
ちなみに店の名前をこんなふざけた名前にしたのは、他の日本人―――あるいは地球人が釣れるかも知れないからだ。実際、ヨツギとはそれで知り合っている。
なお、『日の本商会異世界出張所』では魔道具以外にもいろいろと扱っている。お菓子、薬、衣類、紙……等々。総合商社というやつだ。今ではフタミの実家『クローバー商会』より稼いでいるのは内緒である。
(まずい。入学式サボりとか印象悪すぎる。ただでさえ目立つなって言われてんのに……。あと令嬢から評判も悪くなりそう)
貴族のお嬢様からすれば、入学式をサボるなんて、不良も良いところだろう。なんとか遅刻くらいでお茶を濁したい。こんなことなら、時間があるからと散歩なんてするんじゃなかった。
(確か、こっちから来たんじゃなかったっけ……?)
元来た道を引き返しながら、なんとか帰ろうとするも、余計に深みにハマっている気がする。イチルたちがいたなら、「なんで方向音痴なのに一人で散策に出たんだ」と言われそうだが、残念ながらフタミは方向音痴の自覚がない。自覚がないものは直らないのである。ちなみに前世は迷うとグーグルマップを利用していた。自覚が出ない理由である。
庭園を抜け、建物を抜け、しばらく歩くとまた庭園がある。もはやフタミには同じ場所をぐるぐるしているのか、進んでいるのかすら解らず、パニックになりかけていた。
「なんでどこもかしこも似たような建物アンド庭園なんだよっ! コピペかよ!!」
せめて案内板を出してほしい。ついでに番号も振ってくれると助かる。そんなことを思いながら、路地を抜け再び庭園に足を踏み入れた、その時だった。
―――ドンッ。
突然、目の前に現れた壁に、鼻の頭をぶつけて、フタミは呻き声をあげた。
「ふぶっ」
「ん?」
背中にぶつかられ、その少年もまた、振り返った。
フタミのグリーンガーネットの瞳が、大きく見開かれる。
「―――っ」
フタミと同じく、白を基調とした学生服。だが、彼が着ているものは細部に装飾が施され、丈がセミロングコートほどの長さがある。厳密には生地の質だとか、裏地の素材、装飾など違う部分はあるのだが、こちらも王立ステラ学園の制服である。
―――ただし、主に高位貴族の。
フタミたち平民や、男爵家のイチル。子爵家でも三男のヨツギは、ショートジャケットサイズの、装飾もささやかな制服である。
王立ステラ学園では、二種類の制服から自分の制服を選ぶことが出来る。服装というものは、多くの文明において身分を象徴するものだ。王族と平民が同じものを着るのは道理ではない。
要するに、平民が手に入れられる制服と、金と権力のある貴族とでは厳密には同じ制服ではないのだ。貴族の場合、メンツという理由が大きく、上位貴族や嫡子などは|見栄《・・》を張る必要がある。
つまり、違う制服という時点で、転生モブ同盟の四人とは縁遠い存在―――なんなら、イチルからは『絶対に関わるな』と強く言われている相手だ。
ファンタジー世界特有の、艶やかな少し長めの青髪と、冷淡に見える黄金の瞳。スラリとした体躯に長い手足。まさに、『乙女ゲームの攻略対象キャラクター』にふさわしい、美麗な少年。
(う、げ。ディオルフ・デルフィニウムっ……!)
ゲームをちょろっとしか遊んでいないフタミだが、彼こそは前世で『ちょっと良いなと思っていた大学の同級生』が好きだった『推し』である。もちろん、名前も顔も知っている。もっとも、気になっていた女の子の推しだった彼を、攻略対象に選んだことはない。その為、彼の人となりについてはあまり知らない。
公式設定上、『気難しい』とか『クールイケメン』とか、『ちょっと意地悪』とか書かれていたのは知っている。女の子がどうして意地悪な男を好きなのかは解っていない。
(やっば……)
挙動不審になるフタミに、ディオルフが特徴的な黄金の瞳を細めた。
「人にぶつかっておいて、挨拶もなしか――平民」
「あ――、す、すみません……」
うっかり、咄嗟に挨拶もできずに顔面を凝視してしまった。フタミは目を逸らしながら、内心冷や汗をかく。
(やっべー……。散々、イチルに接触すんなって言われてたのに……。めちゃくちゃ、目が合っちゃったよ。てか、顔バリ良いな? 攻略対象キャラってまじで顔面チートだわ)
フタミが考え事をしている横で、ディオルフは不快そうに顔をしかめる。
「謝罪の態度とも思えんな」
「ああ? なんだよ。謝っただろ。そりゃあ、ぶつかったのはこっちが悪かったけど、そっちだって変なところでつっ立って――ヤベ」
ディオルフの顔がヒクリとひきつる。つい、いつもの感覚で喋っていたが、相手は高位貴族である。
フタミは今世においては商会を経営しているといっても、裏方の技術者で、表に立つのは社会人経験もあるイチルである。前世においては大学生で、実をいうとアルバイトの経験もない。勤労経験という意味では、ミツハの方が経験があるのだ。
つまりは、目上のものに対する態度というものが、いまいち『なっていない』方であった。
「あ、その、オレはもちろん悪いんですけど、いえ、オレが悪いです。ハイ」
フタミの態度に、ディオルフはムッとした顔をおさめ、ハァとため息を吐いた。
「忠告しておくが、学園は平等をうたっているが、明確に区別がある。一歩学園を出れば不敬だと処されてもおかしくないぞ」
「――肝に銘じます……?」
「なぜ疑問形なんだ。まったく……平民からも入学者が増えているとは聞いたが、これではステラ学園の品位が落ちるのは目に見えているな」
ディオルフの言葉に、愛想笑いを浮かべておく。なんにしても、いま、この時の無礼は許して貰えたということだろう。
「せいぜい、気を付けることだ。今年は皇太子殿下も入学されたのだから――」
そういって立ち去ろうとしたディオルフの制服の裾を、フタミは反射的に掴んだ。
急に制服を引っ張られ、ディオルフは驚いて振り返る。
「貴様、なにをっ……!」
「こ、このあと、入学式っすよね」
「それがどうした!」
「オ、オレも行かなきゃ」
「? だからなんだ!」
フタミはグッと言葉を詰まらせ、俯いた。非常に、恥ずかしい。ついでに相変わらずの無礼である。
だが、背に腹はかえられない。
(なんなら、コイツ多分、悪いヤツではない……ムカつくけど)
なにしろ、このディオルフという少年は、平民の少女オリシアと仲良くなれる器を持っているのだ。悪人なわけがない。
フタミが絞り出すように呟いた言葉に、ディオルフは目を丸くした。
「……迷子なんです」
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