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2話 入学式は眠くなるもの

 王立ステラ学園の講堂は、教会のような外観だった。内部は前方の舞台を中心に、すり鉢状の円形劇場形式の、階段座席になっている。フタミは参列席に座って、ホゥと息を吐く。 「フタミ、どこに行ってたんだ? イチルが探していたぞ」  となりの席に座ったミツハが、蓮色のパパラチアサファイアの瞳を向ける。フタミは「あー……」と口を開きながら、視線を講堂の前の方の席へと向けた。  参列者の席は、あらかじめ決められている。前方の座席―――ようするにアリーナ席は、貴族子息たちの席だ。煌びやかな装飾に、アクセサリーを身につけた生徒たちが多いため、非常に華やかである。  中央の席が下位貴族や嫡子でない貴族、名誉貴族の席だ。イチルとヨツギはこちらに案内されたようだ。  そして、後部シート―――フタミはC席だと考えている―――は、平民たちの席である。ちなみに、一番人数が多いのはA席のイチルたちのあたりだ。  フタミの視線は、S席の方へ向けられていた。青い輝く髪が、遠目にも目立っている。 (マジで助かった……。ちょっと話しちゃったけど、接触を持ったって感じじゃないよな。このくらい)  フタミの中で、関わりを持つというのは、「ラインやってる? 交換しよ」と声をかけることであり、世間話は含まない。イチルとの認識に大きく隔たりがあるのだが、指摘できるものは当然、いない。  あのあと、『迷子なんです』と言ったフタミに、ディオルフは呆れた顔をしたが、対応はとても紳士的だった。一緒に講堂の手前まで行ってくれ、ついでに座席の確認もしてくれた。  時間が差し迫っていたこともあり、フタミは彼にろくなお礼も言えなかった。 (まあ、お礼はしておくべきだよな。菓子折りとか持って)  迷惑を掛けたら菓子折りを持っていく。前世の母親がそうしていた習慣を、お行儀よく覚えているフタミは、ごく自然にそう考える。もちろん、詫びはイチルのいう『関わり』に入ると微塵も思っていない。詫びは詫びでしかなく、当然行うものであるという、妙な育ちのよさが彼にはあった。  イチルにひとこと相談していれば、なにか違ったのかもしれないが、社会人経験のない彼には『|報告・連絡・相談《ほうれんそう》』の重要性など欠片もないのである。 「まあ、ちょっと」  散歩をして迷子になったなど、恥ずかしくて言えない。そう思いながら、フタミは壇上に視線を向ける。壇上では柔和な顔の老紳士が、ステラ学園の伝統だとか歴史だとかを、ゆったりとした声で語っている。 (ふぁ……。このシーン、スキップ出来ないのかね……)  ゲームプレイ時、フタミはストーリーにさほど興味がなかったので、思いっきりスキップボタンを連打していた。当然、理事長の会話などスキップである。  うとうとしかけたところで、不意に会場がザワ、とざわめいた。  壇上に、金色の髪をうなじで結び背中に流した、ルビーの瞳をした美形が立つ。ゲームでもイベントスチルが表示された、印象的なシーンだった。  講堂の天窓の光が、彼を祝福するように降り注ぎ、黄金の髪を光の輪で飾る。 (お。ゲーム通り。やっぱ皇太子がスピーチするんだな)  新入生代表のスピーチは、ゲームでも皇太子であるレヴァン・ラローズ・グローリーが行った。  本来、この新入生代表のスピーチは、入学試験主席が行う。そしてゲームでの主席は、ヒロイン・オリシアであった。だが彼女は平民だという理由で、皇太子に変更になったという筋が存在している。 (転生十六年。無事に、ゲーム開始だな)  イチルの不安のポイントが、一つ解消された。『ゲームは予定通り進行している』ことが、これで確定となった。  フタミたち『転生モブ同盟』―――主にイチルだが。の不安は、物語に影響を及ぼし、未来を変えることだ。なんてことのない、平民の少女を主人公にしたシンデレラストーリーの果てにあるエンディングは、皇太子に見初められ幸せになるという未来である。  つまり、彼女が国母となれば、長い平和と幸福が保証されるようなものだ。ゲームでは平和そのものだったこの国も、現実になれば災害も飢饉もあり、他国との情勢もある。  既定路線の平和を目指したいイチルの気持ちは分からないでもない。  ここまでに、フタミたちは『日の本商会異世界出張所』を作り、多少の未来を変えた。その影響が、本日分かるということで、イチルは数日前から胃薬を飲んでいた。 (ま、『長兄』の不安は、杞憂だったと)  イチルはフタミたち『転生モブ同盟』のメンバーと、同い年の同級生であるが、前世の年齢は一番上だ。その為、感覚的に長男という印象が強い。なお、次男は大学生だったフタミ、三男は二十歳のフリーターミツハ、四男が高校生だったヨツギである。  全員が髪の色が黒という、こっちの世界の家族とも違う色をしているため、その絆は余計に強い。 (とにかく、これで心置きなく、学園ライフを送れるってもんよ)  フタミは欠伸をかみ殺しながら、背もたれにどっかりと体重を預け、将来の玉の輿に想いを馳せるのだった。

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