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8話 空気が読める、空気が読めない男
「女の子の選ぶ授業、確認してからにすればよかった………」
溜め息と共に盛大に落ち込んで、フタミは廊下を歩く。選択カリキュラムの申し込み用紙を提出したあとで、他の生徒たちがなんの授業を選んだのかを知ったのだが、女子の殆どが応用魔法学と音楽を選んでいた。「そんなことあるか?」と思ったフタミだったが、この国では女性は主人公のオリシアが特別に才能があるという設定なだけで、女性の社会進出も就学率も高くない。学内に平民の女子は殆どおらず、貴族の子女たちは嫁入り前に『才女』という肩書を手に入れるために入学しているのが実情だ。
つまり、フタミのクラスは殆ど男子校状態という意味でもあるのだが……。
フタミのクラスにいる女子は、たったの三人である。この三人はいずれも裕福な商家の娘で、フタミ的にはライバル商会の娘であるため、少々相性が悪い相手だ。彼女たちはいずれもフタミのことを『クローバー商会の次男坊』や『日の本商会異世界出張所』という厄介なライバルという認識なので、商売敵と言っていい。
フタミのほうも、貴族の子女との逆玉の輿を狙っているため、好感度を稼ぎたい相手ではなかった。
(基礎錬金学はともかく、外国語はイケると思ったのに………)
当てが外れたと、溜め息を吐く。
「こうなったら、錬金術で基礎化粧品作って、女の子にモテまくるしかない……!」
◆ ◆ ◆
基礎錬金学の授業は、特別棟で行う。無自覚に方向音痴なフタミだが、他の生徒にくっついて歩いて行けば良いので、迷うことはない。鼻歌まじりに廊下を歩き、教室に向かう。
(お。あっちの集団は高位貴族か)
選択授業は高位貴族たちもおなじ授業を受けることになる。歩いている集団の中には、質の良い、刺繍がふんだんに施された制服を身に着けた一団が混ざっていた。
「はぁ……やっぱ女子少ない……」
今のところ目に映る生徒たちの中には、女生徒が居ない。玉の輿を狙っているフタミにとって、由々しき問題だ。
(これは、先に男子と仲良くなって紹介して貰うルートしかないか……?)
フタミにとって学園は、学び舎というよりも婚活会場である。前世で大学まで、卒業こそまだだったが学んでいたフタミにとって、この世界で学ぶべきものはそれほど多くない。特に平民として生きていくには十分過ぎるほどに知識があるため、基礎授業については欠伸が出てしまうほどだ。それでも学園に入学したのは、卒業するというステータスに意味があることと、シナリオがどうなるか見届けたい気持ちの強いイチルの強い勧めによるところが大きい。そして、せっかく入学するのならば、普段は知り合うことのない相手とのロマンスを求めて見たいというものだ。
残念ながらこの世界では合コンというものは存在しない。婚約してもいない女性を食事に誘うのはマナー違反であるし、二人きりになるのもよろしくないらしい。この辺りのマナーについては、貴族だけでなく平民の間でも同じである。近所に住む幼馴染みたちも、物心がつくと家の中にいることが増え、会う時は家人と一緒でないと会うことは出来ない。この世界では一人で出歩く『ヒロイン』だけが、異質な存在なのだ。
教室の扉をくぐり、室内に入る。内部の様相を見て、フタミは思わずため息を漏らした。
「おおっ……」
大きな明かり取りの窓から射し込む光に照らされ、実験用の器材がピカピカに光っている。ガラスの器具に金属製の道具たち。小瓶に入った薬品や、乾燥された植物。木製の大きなテーブルがいくつか置かれており、その周囲に小さな椅子が設置されている。前世でいう所の理科実験教室に造りは似ていた。グループ学習を中心に、実技を行う授業なのだろう。
座席の殆どは、先に来ていた生徒たちで既に埋まっており、それぞれヒソヒソとお喋りをしている。どうやら、互いに既に知り合いらしい。空いている席はないものかとぐるりと周囲を見回していると、フタミは前方のテーブルが異様にガラガラなことに気がついて目を瞬かせた。椅子には生徒が一人だけ座っていて、あとは誰も座っていない。青く艶やかな髪をしたその生徒は、静かに教材の本を捲っている。
「およ」
空いているのはどうやら、ディオルフ・デルフィニウムのテーブルだけらしい。
フタミは仕方がないと肩を竦め、前方のテーブルに向かうとディオルフの隣の席の椅子を引いた。
「よー。なんだ、前の席は不人気みたいだな」
前世でもそうだったが、何故か教室の前方の席は空席が多かったものだ。お金を出して「授業を受けているのに、不思議なことだ」と嫌味を言っていたのは前世の友人であるが、フタミも前世では後方の席を陣取っていた。
「やっぱ前の方の席は指名されたりしそうだもんな」と笑っていると、ディオルフは顔を上げて眉を寄せて見せる。
「違うだろ……」
「え?」
「いや、気にしないのなら構わないが」
フタミが軽口を叩いていると、マッチ棒みたいに細い少年と、おかっぱ頭の少年が近づいてきた。
「あ、あの、僕たちもここに座って良いでしょうか。他に席が空いていなくて……」
おずおずと話しかける少年たちに、ディオルフが顔を上げる。その横からフタミは手を上げて手招きする。
「おーおー。別に席埋まってないから、座って良いぞ~。だよな、ディオルフ」
「……ああ。問題ない」
「あ、ありがとうございますっ……、小公爵」
「ここは学園だ。ディオルフで問題ない」
「はっ、はいっ」
恐縮するようにお辞儀をして、少年たちはフタミの横に座った。何となくカチカチに緊張している様子の二人に、フタミは(初めての授業だからな~)と呑気に考える。
「えっと、君は、小公爵―――ディオルフ様と、知り合いなのですか?」
「え? オレ?」
おかっぱ頭の少年に問いかけられ、フタミは目を瞬かせた。
知り合いと言えば、知り合いだろう。既に何度か言葉を交わし合っている。イチルには気をつけろといわれてはいるが、授業で一緒になったものを回避することは難しい。だからこれは『セーフ』なはずである。
「知り合いっていうか、顔見知り? ってか自己紹介しようぜ。オレはフタミ。あんま堅苦しくなるなよ。クラスメイトなんだし」
「そ、そうだね。そっか……。よろしくフタミ。僕はマイキー」
「おれはミゲルだよ。よろしく」
マイキーとミゲルの二人は、そのまま何かを期待する顔でディオルフの方を見る。ディオルフは少し視線を上げただけで、何も返答しようとしない。それを、フタミが肘で彼の腕を突っついて促した。
「お前も自己紹介しろって」
「っ……、ディオルフだ」
ディオルフの声を聞き、二人とも目を輝かせる。一方のディオルフは、じっとりとした目でフタミを見てきた。
「なんだよ?」
「……別に」
フタミが首をかしげていると、教室の前方の扉が開いた。同時に、ざわついていた教室が静まり返る。扉の向こうから現れたのは、気難しい顔をした壮年の男性だった。資料の束を抱えて、じろりと教室中を一瞥する。
(お。あれが教師か。アハハ、錬金術師っていうより殺し屋って感じ)
教室の空気が、ピリリと引き締まるような気配を感じた。気怠そうにしていたディオルフも、背筋を伸ばす。
この教室の中で、フタミだけが、どこか楽しそうに寛いでいた。
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