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9話 ディオルフから見たフタミのこと

 聖ステラ学園の選択授業というものは、生徒の自主性を伸ばすことを目的とするカリキュラムだ。授業内容そのものよりも、その過程においてどのように考え、行動できるかということに重きを置いている。ある意味、この学園が貴族も平民も通うことが出来る学園だということの現れの一つであると言える。 (とはいえ、実際に高位貴族相手では、気後れする人間しかいないようだが)  ディオルフは事前に配られているテキストを捲りながら、視界の端で自分を遠巻きに眺めている生徒たちに意識をやった。  この基礎錬金学の授業は、商業活動と密接しているためか、平民の生徒も多く受講する。教室の中には平民特有の安っぽい生地の制服を身に纏った生徒も多い。多くの生徒は知り合いなのか、指定されたテーブルに腰かけ、雑談をしているようだった。その視線は、何となく前の席に座るディオルフのほうに向けられている。 (ふん。誰も来ないか)  ディオルフの席は、誰も寄りつくことがなかった。前の方のテーブルを陣取ったが、その後に続くものは居ない。そのくせ、好奇心だけは強く、背中に痛いほどの視線を感じる。  彼らはみな、ディオルフの不興を買って最悪な学園生活を送るのが嫌なのだ。高位貴族というだけで、ディオルフは腫れ物扱いだ。 (先が思いやられるな………)  このまま誰も座らなければ、ディオルフは一人で実験を行うことになるのだろうか。そう思うと、酷く憂鬱だ。  溜め息を吐こうとした、まさにその時だった。 「よー。なんだ、前の席は不人気みたいだな」  明るく、弾むような声に、ディオルフはドキリとして視線を上げた。見覚えのあるグリーンガーネットの瞳をした少年が、なんでもないことのようにディオルフの隣に腰かけた。 「やっぱ前の方の席は指名されたりしそうだもんな」  ククと笑う少年の中に、仄かな大人びた気配を感じながら、ディオルフは眉を寄せる。 「違うだろ……」  ディオルフの傍に他人がやってこないのは、そんな理由ではないはずだ。思わず口を開きかけて、グッと唇を結ぶ。少年――フタミという名前であることは横から聞いていて知っていたが、紹介はされていない。その為、気安く名を呼ぶことが出来ていない。そのことも、ディオルフを密かに苛立たせる。 (変な奴だ)  ディオルフは、心底そう思う。結局フタミはまったくもって彼らしい態度でもって、遠巻きにしていた少年らを受け入れ、席を埋めてしまった。ディオルフがどう思うかなど、大した問題でないように思っているようでもあった。  そう。この少年は、常にディオルフのことをなんでもないもののように扱う。雑に扱われたことの殆どなかったディオルフは、フタミのこの態度に酷く驚き――内心、ちょっとだけ傷ついていたが、それを表にだすことは恥ずかしいことだとも解っていた。 (妙なことを言ったら、愚か者のようにしか見えんからな……)  多少、尊厳が傷ついた気もしたが、騒ぎ立てるほどのことではない。平民の少年には、公爵家の嫡男という言葉の重さが解らないのだ。そう言い聞かせていたディオルフだったが、同席になったマイキーとミゲルへの態度を見て、考えを微修正する。 (……いや、誰にでもこうなのだな。というより―――)  チラリ、横目でフタミの横顔を見つめる。グリーンガーネットの印象的な瞳には、好奇心と知性が宿っている。 (区別が、ないのだ)  ディオルフが高位貴族だとか、マイキーたちが下級貴族だとか、フタミ自身が平民であるとかなど、些細なことなのだ。彼の中で、そんな肩書など存在しないかのように、同じように振舞っている。  そのことが、ディオルフには酷く新鮮に映った。  この国において平民は、貴族の馬車が通れば沿道に出て頭を垂れるのが普通で、その「あたりまえ」が身体に身についている。だからこそ学園が平民にも門戸を開き、同じように授業を受けられるとなった時、貴族からは反発が出たし、平民自身にも戸惑いが生まれた。そこから十年経った今でも、明確に区別はあり、同じ学び舎で学んだとしても、ある程度の棲み分けがされて来た。それが新しい伝統になり、暗黙のルールになっているというのに、フタミにはそれが感じられない。  今、フタミに対してマイキーたちが変な顔をしていないのは、恐らくはディオルフ自身がフタミに対して何も言っていないからだ。ディオルフが態度を変えた瞬間、恐らくフタミは下級貴族たちから総攻撃に合うだろう。 「…………」 (不思議な男だな………)  心の底から、不思議だと思う。フタミというこの少年の心の中が、まるで解らない。他人の機微に敏感なディオルフにとって、それは新鮮なことだった。  幼いころから貴族として、嫡男として厳しく育てられてきたディオルフは、相手の言葉の裏にある真意を読み取り、表情の裏にある本音を見抜く。その為、どれほど言葉や表情で装飾しても、着飾られた相手の本質が解ってしまう。そしてそれは大抵、ディオルフにとっては不快で、不愉快で。あるいは過度に期待に満ちていて――――。  それが、多少、窮屈であった。  フタミからは、それが一切、感じられない。  表情に裏はなく、素直に見える。それゆえに、解らない。  無垢なのか、無知なのか。  あるいは。 「なあ」  フタミが、肩をぶつけるようにしてディオルフの耳元に唇を寄せた。不意に声を掛けられ、その距離感にドキリとする。壇上では気難しそうな教師が、重厚な本を大仰な手つきで開いているところだった。 「教師っていうより殺し屋って感じじゃね?」 「ぶふっ」  不意に囁かれた言葉が想像したものではなく、思わずディオルフは噴き出してしまった。公爵家の子息であるディオルフが突如声を上げたのを聞いて、教室中の視線が集まる。 (この、バカ者がっ……)  羞恥に、顔が熱くなる。フタミの方はけろりとした顔で、澄ました表情を教室の前に向けている。  ディオルフは咳払いしてごまかし、どう仕返ししてやろうかと口元を緩ませた。

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