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10話 寮を抜け出して
学園生活も一か月が過ぎようとしていた。久し振りの学生生活は、なかなかに充実している。フタミが食材を買いつけ、イチルが調理するようになって食事事情も改善したし、今のところ大きな問題はない。
のだが――。
「ぜんっぜん、出会えないんだけどっ!?」
テーブルに突っ伏して嘆くフタミに、ミツハが目を瞬かせた。ヨツギはいつも通り興味なさそうにノートにかじりつくようにしているし、イチルは帳簿と睨めっこしている。
「まだ言ってたのか」
ミツハだけは構ってくれるらしく、フタミの空になったティーカップにお茶を注ぎながらそう問いかける。ステラ学園にはマナーの授業もあるので、お茶の作法などを学ぶのだが、ミツハは比較的好成績を収めている。ヤンキーのクセに。
お茶から立ち昇る甘い香りを吸い込みながら、フタミはカップに唇を寄せる。お茶の葉もお茶請けも、『日の本商会異世界出張所』のものである。お茶に関して素人の四人だが、元々ヨツギの実家である領の特産品なため、品質は悪くない。それが良い状態で手に入るため、香り高い一品だった。
「そりゃ、そうだろ。学園に入学した目的なんだから」
「ここの女どもはなんだかフワフワしていて、落ち着かねえ」
「まあ、お嬢さんが多いからな」
眉を寄せるミツハに、なんだか笑ってしまう。このステラ学園に通う女子生徒は、基本的に貴族の子女か、裕福なご令嬢だ。しかも、現代日本のようにサバサバした女性やフレンドリーな女子は少ない。皆、控えめで大人しい女性ばかりである。彼女たちは淑女教育を受けているので、大抵はそういう女性になるのだ。
「そうは言ったって、ミツハだって可愛い子がいたら良いと思うだろ?」
「おれは孤児だからな」
「んー。まあ、そうだけどさぁ……」
「それに、前も結婚なんか考えたことねえし。お前だって、大学生だっただろ」
「それはね。でも卒業したら、絶対に出会えないもん。想像できるだろ? 毎日毎日、会社と家の往復で、結婚もせずに働くことしかしてこなかった」
「それは俺だろ!? 聴いてるからな、フタミ!」
「社畜が怒ったー」
「失礼だぞ、フタミ。イチルだって結婚したくなかったわけじゃない」
「ミツハ? フォローになってないよ?」
うぐぐ、と顔を赤くして涙目になるイチルに、フタミは笑いながらクッキーを齧る。
「クッキーも良いけど、たまには煎餅が食いたいぜ」
「自分で作れば良いだろ。そのくらい」
「ヨツギが食べたがったら作ってくれるのに、オレだと雑よね」
「当たり前だ」
当然だと鼻を鳴らすイチルに、「ちぇ」と舌打ちしてヨツギの方を向く。ノートには日本語で、『闇の勢力』とか『神の陰謀』とか書いてある。
「ヨツ、煎餅食べたい?」
「い、いらない……。今忙しいから」
「そっか、忙しいのか」
ポンポンとヨツギのフワフワした髪を撫で、クッキーを口に放り込む。
(あー、煎餅食べたい)
そう思いながら、口の中にあるのはクッキーなので、余計に変な感じがした。
◆ ◆ ◆
(いや、やっぱ煎餅だわ。もう完全に煎餅の脳になってしまった)
布団の中に潜り込んでも、目が爛々としてちっとも眠気が来ない。消灯時刻を過ぎ、部屋は暗く周囲では寝息が聞こえたが、フタミはちっとも眠気が来ていなかった。
(なんとなく夕飯も物足りなかったし……)
本日のディナーは魚料理だったせいか、なんとなく小腹が減っている。その上、フタミの脳と舌は完全に煎餅モードになっていた。
ここが日本なら、コンビニに行くか牛丼屋に行くところだった。現役学生は食べ盛りなのである。
(よし。作るか。なんか眠れないし)
イチルは身体を丸めて寝ているし、ミツハも静かに寝ている。ヨツギが唸っていたので撫でてやると、すぐに落ち着いて寝息を立て始めたので、腕にクッションを抱かせてやる。
「ん……」
(おー、よしよし。あとでミツハにぬいぐるみ作ってもらうか。抱き枕に良さそうな――ニンジンとか?)
ひとしきり弟たちの顔を覗き込み、フタミは窓をそっと開いた。夜風がフワリと頬を撫でる。
(よしよし。行けそう。2階だけど(笑))
窓枠に足をかけ、身を乗り出す。壁の装飾に足を掛けると、簡単に降りることが出来た。
(見つかったらヤバいけど、ま、大丈夫でしょ。ゲームでもヒロインが抜け出してたし)
ヒロインが抜け出した理由は、小腹が減ったからとかではなく、月夜の散歩である。
フタミはコソコソと辺りを見回しながら、夜の学園を歩き出す。
(ほー。星が綺麗だ。ヒロインの気持ちも分からんでもない――いや、分からんな。星とか興味なかったわ)
夜の学園の空気は、日中と違って異質な雰囲気がある。別の世界に迷い込んだかのようだ。
(まあ、実際、異邦人ですけども)
見知らぬ異世界で、夜中に煎餅を焼こうとしていると考えると、少しおかしい。フタミは口元に笑みを浮かべ、調理室へと向かう。
(冷蔵庫に残りご飯があったはず~)
鼻歌交じりに調理室の扉を開いて、フタミはビクリと肩を揺らした。驚きに、目を見開く。
そして驚いたのは、相手も同じようだった。
「――ディオルフ?」
「フタミ――……。何故、ここに……」
金色の瞳を見開いた、ディオルフがそこに立っていた。
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