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11話 夜更けの逢瀬
消灯した寮を抜け出して、調理室のある建屋の中に居たのは、青い髪をしたキラキラ系イケメン、ディオルフであった。ディオルフは夜着にゆったりしたナイトガウンを羽織っただけのラフな格好で、普段の制服を着たカッチリとした印象と違い、幾らか柔らかい雰囲気がした。その手には、果物ナイフが握られている。
「ディオルフ? なにしてんの?」
「っ……、フタミ……。これは……。というか、なんて格好をしているっ!?」
「へ? 寝間着だけど……」
フタミの寝間着は、タンクトップにハーフパンツである。この世界での基準では、かなり薄着なのだが、フタミは楽な方を採用している。
「で、なにしてんの?」
「!」
ヒョイと身を乗り出し、ディオルフの手元を見ると、細切れになった果実がカッティングボードの上で無残な姿をさらしていた。
「ええ……」
ややドン引きしているフタミに、ディオルフはフンと鼻を鳴らす。
「なんでも良いだろう。貴様こそ、何をしに来た」
「オレは小腹満たしに――なんか、煎餅より焼きおにぎりの気分になっちゃったな……マジで腹減ったかも」
先程まで煎餅を作って、ちょっと摘まんだら明日のおやつにしようと思っていた。「いらない」と言っていたが、ヨツギは差し出せばもぐもぐ食べるだろうし、みんなの分も作ろうと思っていたのだ。
だが、いざキッチンに来たら、焼きおにぎりの気持ちになってしまった。軽く握って、醤油を塗って焼いたら、香ばしくて美味しいに違いない。思い出してじゅるるとよだれが垂れそうになる。
「ディオルフも夜食?」
「え? ああ――……」
ディオルフが目を逸らそうとして、フタミの胸元に視線が吸い寄せられる。無防備な胸元が大きくはだけ、晒されているのに、カッと頬に朱が走る。
「お、前はっ……! これでも羽織っていろ!」
「ふえ?」
ふぁさり、とディオルフが自分のナイトガウンを脱ぎ、フタミの肩にかける。ディオルフの体温が残ったガウンに、ドキリとフタミの心臓が跳ねた。
「っ、い、良いって。寒くねーし」
「いいから、着ていろ。なんとなく気になる」
「――な、なんだよ」
脱ごうとしたフタミを睨み付けて黙らせ、ディオルフは溜め息を吐いた。
フタミはなんとなく落ち着かなかったが、誤魔化すように氷室箱に向かう。残りご飯が入っているはずだ。
「えーと、……あったあった」
(なんか、落ち着かないな……)
こんな時間に抜け出して、夜食を作ろうとしていることも、ディオルフが思いがけずいたことも、彼の匂いがするガウンの柔らかな手触りも、何もかもが落ち着かない。
氷室箱から冷やご飯を取り出すと、ディオルフが怪訝な顔をしてご飯を覗き込んだ。
「なんだ、それは」
「ご飯。米。うちの国だとあんまり流通してないんだよな。隣の国でもサラダとかにちょっと使うくらいらしくて……」
「よくそんなものを知っているな」
「まあ、商人だからね」
「……そういえば、そうだったな」
ディオルフのその言葉に、フタミは「お?」と顔を上げる。単なる雑談のつもりだったが、ディオルフが自分を商人だと知っているのが意外だった。
「あれ、オレが商人だって知ってるんだ?」
「クローバー家の三男だろう。それに、共同で商会も立ち上げている」
「あらら。良く知ってるねー」
どうやら『日の本商会異世界出張所』のことも知っているらしいディオルフに、目を瞬かせる。
「こう見えて、公爵家の嫡男だからな。商人のことも多少は解っている。もっとも、『日の本商会異世界出張所』とかいう商会のことは良く解らないがな」
やや含みのある言い方をするディオルフに、フタミは苦笑いを零す。
「いやあ、一応、秘匿してるのに商会メンバーだって解ってるの、さすがとしか」
フタミたちの商会は、そのアイディアのほとんどが異世界由来だ。その為、商会立ち上げメンバーについては、基本的に明かしていない。だが、高位貴族などの間では調べられているらしく、接触されたこともある。今のところ、男爵家とはいえ、貴族家の嫡男であるイチルが中心メンバーということで、余計な介入はされていないが、ちょっとしたちょっかいは頻繁にあるのが現状だ。
フタミは手際よく残りご飯を握りながら、相槌を打った。崩れないように整形し、丁寧に握る。
「けっこう美味いからさ。お前も食うよな?」
「え? いや、俺は……」
ディオルフの返事を待たずに、フライパンの上に薄くオイルを引いておにぎりを並べていく。
本当は網焼きの方が好みだが、焦がしてしまうので自分で作るときはフライパンかオーブントースターだ。この世界ではまだオーブントースターはない。
(オーブントースターだったら簡単に作れるじゃん。熱くなりすぎないよう調整して、安全装置付けて……)
ブツブツ言いながら顎に手を当てるフタミに、ディオルフが怪訝な顔をする。
「そういえば、お前、寮を抜け出したのか?」
「ギクッ。いや、その……、ねえ?」
「そう怯えるな。俺も抜け出した身だ。まあ、お前の寮よりは融通が利くんだが」
「そうなの?」
「家からの急な呼び出しもあるからな」
「ああ、そっか」
どうやら不問にしてくれるらしいディオルフに、フタミはホッと息を吐きながら、おにぎりをひっくり返す。良い感じに焼き目がついていた。
「窓からチョイとね。良い感じの木があるんだよ」
「お前、部屋は二階なのか? 正気じゃないな」
「十代の身体は身軽だからさ」
同じことを二十二歳の前世に出来たかと考えると、ちょっとわからない。少なくとも「ダルい」と言ってやらなかったと思う。
青春のやり直しをさせてもらえているという意味で、今の人生は悪くないと思う。他のメンバーはどうか解らないが、フタミは『フタミの人生』を気に入っていた。
「よし、こんなもんかな。あとは醤油を塗って……」
この醤油は、異世界産である。いわゆる醤という調味料は、隣国ではメジャーな調味料で、調べたところ豆の醤も存在していた。日本の醤油とはかなり風味が違うのだが、慣れてしまえばどうということはない。現在は醤を扱う商家と共同開発で、味噌と醤油を試行錯誤しているところだ。なお担当はミツハである。
さらにフライパンで軽く焼くと、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「はい。熱いから気を付けろよ」
焼きたてのおにぎりを小皿にのせ、ディオルフに押し付ける。戸惑うディオルフをおいてけぼりに、フタミはパクリと焼きおにぎりを頬張った。
「え、おい」
「はふっ。んっ、んま。やっぱコレよ。んは、んっ」
熱々の焼きおにぎりが、口の中でホロリと崩れる。醤油の風味と、香ばしい香りが口一杯に広がった。
「……」
ディオルフは恐る恐る、といった様子で、焼きおにぎりを一口齧った。その表情が、すぐに怪訝なものから明るいものへと変化する。
「! 香ばしいな……。悪くない」
「だろ? 夜食にちょうど良いんだな、これ」
ディオルフに気に入られ、フタミはニカッと歯を見せて笑う。無邪気さと無防備さを含んだ、裏のない笑顔に、ディオルフはドキリと心臓が跳ねた。
「はふ、むぐ。そういえば、んん。ディオルフは何やってたんだ?」
「食いながら喋るな。俺は……」
焼きおにぎりの熱さに、フタミはハフハフと息を吐きながら咀嚼する。ディオルフは少しずつ焼きおにぎりを齧りながら、質問に返答を迷う。
フタミはそんな彼の様子など気にせずに、カッティングボードの上で無惨な姿をさらす果物に視線を向けた。
「果物の惨殺死体みたいになってるけど」
「……余計なお世話だ」
ムッと気恥ずかしそうにするディオルフに、フタミはククと喉を鳴らす。
「もしかして、自分で果物剥こうとして失敗したヤツ?」
「……」
「アハハ。うちのヨツギもそんなだわ。最初はそんなもんだよなあ。お前、実家じゃ自分でやらなかっただろ?」
フタミも前世に経験済みだが、初めて包丁を握ると、刃物は怖いし、素材によって柔らかい、固いもあるし、思っているより上手く行かなかった。包丁を滑らせて怪我をしたことも、何度もある。一人暮らしを始めたばかりは、多少は張り切ったが、すぐに挫折してコンビニ弁当や牛丼ばかりになってしまった。
とはいえ、前世のフタミもまったく料理をしなかったわけではない。得意料理はチャーハン、焼きそば、カレーといったところだが、タレを使って肉を焼いたり、炒めたりもした。男の料理スキルとしては、それなりである。
「……当然だ」
「ま、寮の醍醐味だよな。生徒の自主性っての? どれ、ちょっと見せてよ」
ディオルフが放置していた果物を摘まみ、状態を確認する。
「あ、おい……」
「あーあー。皮こんな厚く剥いて。こっちは細切れじゃん」
あきれ気味のフタミに、ディオルフは肩を落とす。
「意外に、難しいな」
フタミはクスッと笑うと、ナイフとまだ無事な果物を手に取った。果皮にナイフを当て、刃を滑らせる。
「ナイフはこう持って、こう切る面に当てるように。野菜でも果物でも繊維の方向ってのがあるから、それに従うか、逆に断ち切るかで食感とか変わるから」
「詳しいな……」
「そりゃあ、理系ですから」
ニカッと笑うフタミに、ディオルフは肩の力が抜けたように、微笑んだ。その笑みの美しさに、フタミは一瞬、ドキリと心臓が脈打つ。
(おっと……。イケメンのスマイル、破壊力ありすぎる……ドキドキしてしまった……)
「どうかしたか」
「いや、なんでもない。っと、それで……」
「ああ。この後は?」
不思議とソワソワする気配を感じながら、夜は静かに更けていった。
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