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20話 デルフィニウム家の事情
寮の机に向かって、フタミはイチルから聞き出した情報を紙にまとめた。記憶が曖昧――そもそも、あまり興味がなく覚えていないフタミに対し、イチルの方は攻略サイトでも作れそうなほど詳しかった。
ディオルフのプロフィールを眺めながら、フタミは「うーん」と唸る。
「デルフィニウム公爵家嫡男、好きなものはサンドイッチ、嫌いなものは商人……か」
イチルに聞いても、ディオルフが商人を嫌いな理由は知らないようだった。ゲームの中のディオルフは、キラキラした貴族のイケメン男性であり、家のことで苦労している貧乏な貴族ではないのだ。もしかしたら、そういう設定もあったのかもしれないが、ゲームの中で語られたことはない。乙女ゲームという煌びやかなパッケージに包まれて、『現実』からは遠く離れたおとぎ話の世界を作り出しているのだろう。
そうなってくると、本人を除いて、ディオルフを知っているだろう人間は、王子であり幼馴染みでもあるレヴァン。同じく古くからの友人であるフロスト。だがこの二人は攻略対象である。出来るだけ関わりたくない。
(まあ、アイツだよな……)
フタミはメモを折りたたむと机の奥深くに隠して、早速その人物に会いに行くことにした。
◆ ◆ ◆
「えっ。これ、僕に……? 良いんですか?」
「おう。うちの新商品。ジャムクッキー。めっちゃ美味いからさ。食べてよ」
「あ、ありがとうございますっ……」
宝物を見るような眼差しでクッキーの入った袋を見つめるロビンに、フタミはニッと笑みを浮かべる。倉庫管理の下働きであるロビンに渡したのは、『日の本商会異世界出張所』の新商品、ジャムクッキーである。まだ製品ではないため、缶入りではなく袋詰めしてきたものだ。形にバラつきがあるのは、試供品だからである。
(賄賂を渡してディオルフのことを聞き出すのは、ちょっと気が引けるけど……)
デルフィニウム家の使用人だった彼なら、ゲームでは描かれていなかった私生活が解るはずだ。そのための賄賂である。
フタミがディオルフのことを切りだそうとした時だった。ちょうど、ロビンがディオルフの名を口にする。
「フタミ様はディオルフ様のことをよくご存じかと思いますが」
「え? いや」
どちらかと言えば知らないので聞きたかったのに、そんなことを言われて、戸惑ってしまう。だが、ロビンはフタミの様子など気にした風もなく、言葉を続ける。
「フタミ様は、ディオルフ様がちゃんと食事をされているか、ご存じですか?」
「――飯?」
「はい。……その、デルフィニウム家は財政的に厳しく……」
「ああ、その話は聞いた。使用人もそれで減らしたんだろ?」
デルフィニウム家の内情を知っていたことに、ロビンはあからさまにホッとして見せる。公爵家の事情を勝手に話すのは、本来はよくないのだろう。
「でも飯って……」
と、そこまで言い掛けて、フタミはロビンのもとに果物を貰いに来ていたことと、夜中に調理室に居たことが結び付く。
(アイツ――……)
ろくに、食べて居ないのだ。
学園の食堂は、学費に含まれているわけではない。だから、平民は自炊する者もいる。デルフィニウム公爵家の人間として、自炊している姿をみられるわけにもいかず、調理室に来ても料理などしたことのない令息が、何か作れるわけでもない。
(せいぜい、果物を食ってるくらいか。……倒れるぞ?)
公爵家がどれだけ困窮しているのか、正確なところは解らない。だが、使用人の多くを解雇し、食事さえ抜いているとあれば、相当に苦しい状況なのだろう。
(なんで、そんなに経済状況が悪いんだ。仮にも公爵家だろうが)
オリシアがいたら、違っただろうか。ヒロインがディオルフと結ばれれば、『ハッピーエンド』が待っていたはずなのに。
「……取り敢えず、飯のことはオレも気にしておくわ。アイツ、あんま言わないからな……」
「ありがとうございます……っ」
ロビンが深々と頭を下げるのを見て、フタミはなんだかやるせない気持ちになった。
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