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■第11話「勝った、と思った」
ミナ・クロフォードとして三人を落とす。昨夜、ミナ計画ノートにそう書いた瞬間、俺は勝負の次元がひとつ上がった気がしていた。
これまでの俺は、どちらかというと受け身だった。更衣室で詰みかけ、スカートで死にかけ、名前事故で固まり、似すぎ疑惑で押し切り、体調不良で支えられ、男子トイレで人生を終えかけた。
復讐者というより、だいぶ保護対象だった。だが、今日は違う。
今日は証拠を取る日だ。桐生朔、瀬名陽斗、神崎凪。
三人がミナ・クロフォードを女の子として好きになった、決定的な証拠を取る。そして次に、俺は正体を明かす。
残念だったな。ミナ・クロフォードなんていない。
俺だよ、朝比奈湊だ。そう言って、三人を崩す。
完璧だ。完璧なはずだ。
なのに、鏡の前の俺は、朝からずっと顔が赤かった。
「……何で仕掛ける側が緊張してるんだよ」
鏡の中のミナが、妙に不安そうな目でこちらを見返してくる。俺はリボンを直し、ウィッグを整え、スカートの裾を確認した。
初日よりは慣れた。慣れた自分が少し悔しい。
でも、今日はその悔しささえ武器にする。俺はミナ計画ノートを開いた。
今日の目標。
三人の陥落証拠を取る。
朔。
理性崩壊テスト。
陽斗。
嫉妬テスト。
凪。
消失テスト。
今日の注意点。
自分が先に照れない。
最後の一行に、俺は力を込めて二重線を引いた。大事だ。ものすごく大事だ。
昨日は三人を仕掛けに行ったはずなのに、こっちまでだいぶ危なかった。特に凪の「嫌じゃない顔」は危険だった。
あんなもの、正面から受けたら普通に動揺する。今日は違う。
今日は勝つ。俺は鞄にノートを入れ、家を出た。
****
学校に着くと、教室はいつも通りだった。女子たちが「ミナちゃん、おはよう」と手を振り、男子たちがいつものように騒いでいる。
窓際には朔がいて、前の方では陽斗が誰かと笑っていて、後ろの席には凪が静かに本を開いていた。
三人とも、いつも通り。そのはずなのに、俺だけが妙に意識している。
俺は深呼吸して、まずは第一標的へ向かった。桐生朔。
理性崩壊テスト。作戦は単純だ。
勉強を教えてもらうふりをして、距離を詰める。そして聞く。
こういうの、誰にでも教えるのか。私だからなのか。
そこで「私だから」と言わせれば、証拠としてはかなり強い。俺は席に座り、数学の問題集を開いた。
「桐生くん」
「何」
朔はすぐにこちらを見た。早い。
呼ばれるのを待っていたのか、と思うくらい早い。
「ここ、もう一度教えてもらってもいいですか」
俺は昨日と同じように問題集を差し出した。朔は一瞬だけ問題を見て、すぐに俺の顔を見た。
「昨日やったところだろ」
「復習です」
「復習なら一人でできる」
「確認したいんです」
「……何を」
怪しまれている。だが、ここで引いたら負けだ。
俺はノートを少し朔の方へ寄せた。
「桐生くんの説明だと、分かりやすいので」
言った瞬間、朔の目がわずかに揺れた。よし。
たぶん効いている。朔は小さく息を吐き、椅子を少しこちらへ寄せた。
「じゃあ、ここから」
「はい」
距離が近い。昨日より、少し近い。
いや、俺がそう仕向けているのだから当然だ。ここで心臓を鳴らすな。
俺は仕掛ける側だ。朔のペン先が、俺のノートに式を書いていく。
指がきれいだな、と思ってしまった瞬間、俺は心の中で自分を殴った。違う。
手を見るな。今は証拠を取る。
「ここで一回、式を分ける。暗算で飛ばすと、符号を間違えやすい」
「桐生くんは、間違えないんですか」
「間違えることもある」
「意外です」
「俺を何だと思ってるんだ」
「完璧そうな人」
朔の手が止まった。俺は少しだけ身を乗り出した。
「でも、教えてくれる時は、少し優しいですね」
自分で言って、かなり恥ずかしい。だが、作戦だ。
作戦なら耐えろ。朔は俺を見た。
目が合う。近い。
近いという言葉が口から出そうになったが、飲み込んだ。
「……少しだけかよ」
「たくさん優しいと言われたいんですか?」
「そういう意味じゃない」
朔は目をそらした。耳が赤い。
これは、かなり来ている。俺は胸の中で勝利の鐘を鳴らしながら、予定していた質問を出した。
「桐生くんって、こういうの誰にでも教えるんですか?」
朔はペンを止めた。ほんの数秒、沈黙が落ちる。
俺の心臓が鳴る。落ち着け。
証拠を取るんだ。
「……誰にでもは教えない」
来た。俺は顔に出さないように必死で堪えた。
ここで終わっては駄目だ。もう一歩。
「じゃあ」
俺は、わざと少しだけ声を柔らかくした。
「私だから?」
言った瞬間、朔の表情が固まった。教室のざわめきが遠くなる。
俺は息を止めた。朔は、逃げなかった。
俺から目をそらさず、低い声で答えた。
「……お前だからだろ」
息が止まった。お前。
ミナに向けるには、少しだけ雑な呼び方。でも、朝比奈湊には何度も向けられてきた呼び方。
俺は一瞬、返事を忘れた。朔も、自分で言ってから気づいたように唇を引き結んだ。
それから、言い直すように続けた。
「ミナだから、って意味だ」
「……はい」
嘘だ。今のはたぶん、ミナじゃなかった。
いや、違う。違うと思え。
俺は復讐者だ。今のは証拠だ。
桐生朔、陥落。“私だから?”に対して、“お前だから”。
これはもう、完全に言質だ。そう思うのに、胸の奥が変なふうに熱くなった。
「ありがとうございます」
「礼を言うところじゃないだろ」
「でも、嬉しかったので」
言った瞬間、俺も朔も固まった。嬉しかったので、は台本にない。
これはミナの作戦じゃない。朝比奈湊の本音に近い。
まずい。俺は慌てて問題集に視線を落とした。
「続き、お願いします」
「……ああ」
朔の声は少し掠れていた。勝ったはずなのに、なぜか俺の方もかなり危なかった。
****
昼休み。次は瀬名陽斗。
嫉妬テスト。陽斗は分かりやすい。
名前呼びにも弱いし、世話を焼くとすぐに顔に出る。今回は、少しだけ踏み込む。
別のクラスの人に帰りを誘われた、と言う。それで困るか聞く。
陽斗が嫉妬すれば、ミナへの好意は確定だ。昼休みの中庭。
俺がベンチで待っていると、陽斗は本当に当然のようにやって来た。
「ミナちゃん、今日ここ?」
「はい」
「隣、座っていい?」
「少し離れるなら」
「距離指定あり?」
「あります」
「じゃあ、このくらい?」
陽斗はちゃんと少し離れて座った。その素直さが、逆にやりにくい。
俺は持っていたパンの袋を開けるふりをしながら、作戦を思い出した。嫉妬。
嫉妬させる。落ち着け。
「陽斗くん」
名前を呼ぶと、陽斗の顔がすぐ明るくなった。単純。
いや、素直。
「何?」
「さっき、別のクラスの人に言われたんです」
「何を?」
「帰り、一緒に帰らないかって」
陽斗の動きが止まった。さっきまで袋を開けていた手が、ぴたりと止まる。
顔は笑っている。でも、目が笑っていない。
きた。これは、きた。
「誰?」
「名前は、よく知らないです」
「ふうん」
声が低い。分かりやすい。
俺は内心でガッツポーズをしながら、さらに踏み込んだ。
「行ったら困りますか?」
陽斗は俺を見た。いつもの明るい顔ではなかった。
少しだけ、真剣だった。
「困る」
早い。即答。
これは完全に落ちている。
「どうして?」
俺は平静を装って聞いた。陽斗は少しだけ眉を下げた。
「俺が先に誘う予定だったから」
「予定?」
「うん」
陽斗は照れたように、でも逃げない目で言った。
「毎日」
心臓が跳ねた。毎日。
毎日って言った。終わった。
こいつ、完全にミナに惚れてる。彼氏面が早い。
早すぎる。瀬名陽斗、陥落。
俺は勝利を確信した。確信したのに、胸の奥が変に熱い。
「毎日は、重いと思います」
「ごめん。でも、毎日誘いたいとは思ってる」
「もっと重いです」
「うん。今のは自分でもちょっと重かった」
陽斗は苦笑した。その顔に、いつもの軽さが戻ったようで戻っていない。
真剣さが残っている。俺は少しだけ視線を落とした。
「でも、嫌とは言っていません」
言ってから、またやってしまったと思った。陽斗が息を止めた。
「それ、ずるい」
「何がですか」
「嫌じゃないって言われるの、一番うれしい」
胸が痛い。嫌じゃない。
またその言葉だ。俺がノートに何度も書いた言葉。
陽斗は、俺の顔を見て少しだけ声を落とした。
「ミナちゃん」
「はい」
「本当に嫌だったら、俺、誘わないから」
「……分かっています」
「分かってるならいい」
違う。今のはミナに向けた優しさだ。
ミナが嫌がったら引く、というだけだ。それなのに、朝比奈湊まで安心しそうになるのはおかしい。
俺は慌てて話を戻した。
「じゃあ、今日はどうしますか」
「誘っていい?」
「校門までなら」
「また校門まで?」
「それ以上は、検討です」
「検討入った。よし、勝ち」
「勝ち負けなんですか」
「ミナちゃんに許可されたら勝ち」
陽斗は笑った。その笑顔があまりに嬉しそうで、俺は少しだけ目をそらした。
勝ったのは俺の方のはずなのに。どうして、こっちの胸がうるさいんだ。
陽斗は少し黙ってから、ぽつりと言った。
「ミナちゃんがいない昼、たぶんつまんない」
「大げさです」
「大げさじゃないよ」
陽斗は笑っていなかった。
「湊……じゃなくて、ミナちゃんがいないと、俺、けっこう寂しい」
湊。今、確かに言いかけた。
俺は固まった。陽斗も、しまったという顔をした。
でも、ごまかさなかった。
「ごめん」
「……何がですか」
「今の。嫌だったら、ごめん」
嫌だったら。俺はそれを聞いて、少しだけ息を吸った。
嫌かどうか。分からない。
でも、すぐに嫌だとは言えなかった。
「……今のは、聞かなかったことにします」
「うん」
「でも、二回目は減点です」
「分かった。気をつける」
陽斗は真面目に頷いた。その素直さがまた、ずるかった。
昼休みが終わる前、俺はミナ計画ノートの端に小さく書いた。瀬名陽斗。
名前呼びに弱い。嫉妬、かなり分かりやすい。
毎日誘いたい発言。湊と言いかけた。
危険。ただし、かなり陥落。
自分も照れた。要注意。
****
放課後前。最後は神崎凪。
消失テスト。ミナは留学生だ。
急に帰るかもしれない、と言える。もし凪が寂しがるなら、ミナへの執着はかなり確定する。
俺は図書室へ向かった。昨日と同じ窓際の席に、凪はいた。
まるで待っていたみたいに。俺が近づくと、凪は本から顔を上げた。
「来ると思った」
「何でですか」
「昨日、逃げたから」
「逃げてません」
「途中で帰った」
「それは、用事があったからです」
「そういうことにしておく」
まただ。そういうことにしておく。
三人とも最近、それを言いすぎではないか。俺は向かいの席に座った。
今日は逃げない。凪の目を見る。
「神崎くん」
「うん」
「私、留学生なので」
「うん」
「急に帰るかもしれません」
凪は表情を変えなかった。ただ、目だけが少しだけ深くなる。
「そう」
反応が薄い。だが、ここからだ。
「寂しいですか?」
聞いた瞬間、凪は俺をじっと見た。静かすぎる目。
逃げたくなる。でも、今日は逃げない。
凪はしばらく黙ったあと、短く答えた。
「困る」
「困る?」
「うん」
「どうしてですか」
「見つける手間が増える」
怖い。予想通り怖い。
でも、言葉の奥が熱い。
「見つけるんですか」
「うん」
「私がどこにいても?」
「隠れても、分かるから」
心臓が変な音を立てた。前にも似たようなことを言われた。
でも今日は、意味がもっと重く聞こえる。ミナがどこへ行っても見つける。
そう言っているはずだ。なのに、俺には別の意味に聞こえた。
朝比奈湊がどんな姿で隠れても、見つける。そんなふうに。
「……怖いんですけど」
「怖がらせたいわけじゃない」
「じゃあ、何ですか」
凪は本を閉じた。静かな音が、やけに大きく響いた。
「見失いたくないだけ」
息が止まった。それは、寂しいよりずっと強い言葉だった。
凪の顔は静かなまま。でも、目は少しだけ揺れていた。
俺は勝ったと思った。神崎凪も落ちている。
落ちているけど、落ち方が怖い。でも落ちている。
よし、勝ち。そう思ったのに、喉が詰まって何も言えなかった。
「ミナさん」
「はい」
「帰るなら、言って」
「……どうして」
「黙っていなくなると、探すから」
「それも怖いです」
「ごめん」
謝るのが早い。でも、言葉は撤回しない。
神崎凪らしい。俺は少しだけ笑ってしまった。
「神崎くんは、静かなのに重いですね」
「うん」
「否定してください」
「できない」
いつものやりとり。それなのに、今日は胸に残った。
凪は少しだけ俺の顔を見て、静かに言った。
「でも、嫌そうじゃない」
「勝手に決めないでください」
「違った?」
俺はすぐ否定できなかった。違う、と言えばいい。
言えるはずだった。でも、口から出たのは別の言葉だった。
「……違わない、かもしれません」
凪の目が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「なら、よかった」
その声に、なぜか胸が少しだけ緩んだ。俺は慌てて立ち上がった。
これ以上ここにいたら、どちらが仕掛けているのか分からなくなる。
「もう行きます」
「うん」
「追いかけないんですか」
「追いかけてほしい?」
「違います」
即答したのに、凪は少しだけ口元を緩めた。笑った。
ほんの少し。それだけで、俺は完全に負けた気分になった。
「神崎くん、ずるいです」
「うん」
「否定してください」
「できない」
俺は図書室を出た。廊下に出た瞬間、顔が熱いことに気づいた。
最悪だ。俺は今日、三人を落としに行ったはずだ。
なのに、三人に三回ともこっちが揺らされている。朔は「お前だから」と言った。
陽斗は「毎日誘いたい」と言った。凪は「見失いたくないだけ」と言った。
何だこれ。作戦のはずなのに、こっちの心臓がもたない。
****
放課後の教室で、俺は鞄を持とうとして、少しだけふらついた。今日は朝から緊張しすぎていたのかもしれない。
体調が悪いわけではない。ただ、気が抜けただけだ。
そう思った瞬間、三人が同時に動いた。朔が横から腕を支えようとして、でも触れる寸前で止めた。
陽斗が前から手を取った。凪が背後に立ち、逃げ道を塞がない位置で支えられるように構えた。
三人とも、反応が早すぎる。あまりにも自然に、俺の周りを埋める。
「大丈夫か」
朔の声が低い。
「ミナちゃん、座る?」
陽斗の手が温かい。
「無理した?」
凪の声が静かに落ちる。俺は三人を順番に見た。
胸が、ぎゅっとした。なんで、こんなに大事にするんだよ。
なんで、嫌じゃないんだよ。俺は騙しているのに。
ミナは俺なのに。でも、今の三人の顔は、本気だった。
俺が作った女の子を、本気で大事にしている顔だった。そう思うと、勝ったはずなのに、少しだけ苦しかった。
「大丈夫です。少し、立ちくらみしただけなので」
「本当に?」
陽斗が聞く。
「本当です」
俺は答えた。朔がまだ納得していない顔をしている。
「今日はもう帰れ」
「帰ります」
「一人で?」
「……帰れます」
凪が短く言った。
「校門まで」
それ以上は言わない。でも、三人とも同じ意見なのは分かった。
俺は少しだけ迷って、頷いた。
「校門までなら」
陽斗がほっとしたように笑った。
「よかった」
何がよかったんだ。そう言い返そうとして、やめた。
校門までの道を、三人と歩く。前に陽斗。横に朔。少し後ろに凪。
見慣れた配置。守られる配置。
ミナとしては、たぶんとても優しい場所。朝比奈湊としては、少し痛い場所。
校門で別れたあと、俺は家までの道を一人で歩いた。風が少し冷たかった。
でも、今日はスカートの裾より、胸の中の方が落ち着かなかった。
****
家に帰って、俺はすぐにミナ計画ノートを開いた。今日の成果。
桐生朔。
理性崩壊テスト成功。
「誰にでもは教えない」
「私だから?」に対して、「お前だからだろ」
その後、「ミナだから」と言い直した。
怪しい。
でも陥落。
瀬名陽斗。
嫉妬テスト成功。
別クラスの人と帰るかも、に対して「困る」
理由は「俺が先に誘う予定だったから」
しかも「毎日」
途中で「湊」と言いかけた。
危険。
でも陥落。
というか暴走。
神崎凪。
消失テスト成功。
急に帰るかも、に対して「困る」
「見つける手間が増える」
「見失いたくないだけ」
陥落。
たぶん。
怖いけど。
俺はそこでペンを止めた。証拠は取れた。
完全に取れた。これはもう、疑いようがない。
こいつらはミナを好きになった。俺が作った女の子に落ちた。
完全に、俺の勝ちだ。そう書けばいい。
書くべきだ。俺はノートに大きく書いた。
結論。
勝った。
その下に、少し迷ってから書き足した。
なのに、あんまり嬉しくない。
いや、嬉しいけど。
違う。
これは復讐の嬉しさ。
たぶん。
ペン先が止まった。たぶん。
またそれだ。俺は「たぶん」を見つめた。
復讐は成功したはずなのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。あいつらがミナを大事にするたび、俺は勝っているはずなのに。
どうして、朝比奈湊のままでも、そうしてほしかったと思ってしまうんだろう。俺はノートを閉じた。
明日、決着をつける。三人を呼び出して、全部明かす。
ミナ・クロフォードなんていない。俺だよ、朝比奈湊だ。
そう言う。それで、復讐は終わる。
俺は勝った。勝った、と思った。
****
その頃、学校近くの道で、三人は並んで歩いていた。
「今日、完全に試されたね」
陽斗が言った。声は少し疲れているのに、どこか嬉しそうだった。
朔は額に手を当てた。
「あいつ、あれで勝ったと思ってるんだろうな」
「思ってると思う」
陽斗が小さく笑う。
「ノートに書いてそう。瀬名陽斗、陥落、とか」
「お前は実際、分かりやすかった」
「桐生もね。“お前だからだろ”って言う時、耳赤かった」
「うるさい」
凪は静かに歩いていた。しばらくして、ぽつりと言う。
「明日、言うかも」
「正体?」
「うん」
陽斗の顔から、少し笑みが消えた。朔も黙った。
「やっとか」
朔が低く言う。陽斗は空を見上げた。
「湊、怒るだろうね」
「怒るだろ」
「泣くかな」
その言葉に、三人とも少し黙った。凪が静かに言った。
「泣かせたのは、前から」
誰も否定しなかった。過去の言葉。
笑って流されたと思っていた言葉。実は、ずっと湊の中に残っていた言葉。
それを、明日はちゃんと見なければならない。陽斗が深く息を吐いた。
「ちゃんと謝る」
朔が頷いた。
「逃げない」
凪も短く言った。
「待つ」
三人はそれ以上、何も言わなかった。もちろん俺は、そんな会話を知らない。
****
俺はただ、ミナ計画ノートの「勝った」という文字を見つめながら、自分に言い聞かせていた。
明日で終わる。明日、俺は勝つ。
なのに、その夜はなかなか眠れなかった。
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