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第2話

「よく来たな」  低くつやのある声。今日もオリエンタルで大人の香りがする。 「そういう言い方しなくてもいいんじゃない?俺、今日来るって約束してたよ、柊一(しゅういち)さん」  ドアを開け、俺に悪態をつく人、関根柊一…さん。  関根柊一。  人気作家でコラムニストでもある。メディアに一切顔を出さないが、本人が出た方が絶対いいと思うほどのビジュアルを持っている人。  やや日に焼けた浅黒い肌、端正でシャープな顔立ち。それでいてどこか影があり、ミステリアスで神秘的な雰囲気をまとっている。少なくても俺の交友関係にこんな華のある人はいない。  それでいて皮肉屋で悪態をついてくる。(少なくても俺に対しては)なんでこんな人のところに俺は来るんだろうと毎回思うのだが、それ以上に俺にとって価値があるから。いや、ただ単に惚れた弱みというやつか。 ーーーあの雨の日の出会いがなければ。 「あ、これいつものプリン。新宿のデパ地下で買ってきた」  俺はお土産のプリンをそそくさと彼に渡す。彼は一呼吸おいて、 「本当に七瀬は物好きだよな、せっかくの休みにさ」 と、言ってきたのですかさず 「休みだからじゃん!少しでも長く居られるから」 と、俺は言い返す。腕のスマートウォッチを見ながら彼は、 「でももう夕方五時半過ぎだぞ。長く居られるって、またお前泊っていく気か?」  俺はこくりと頷く。 「俺の家はホテルじゃねーんだぞ。…ったく」  ため息交じりに彼はつぶやくと、短い廊下を歩いていく。俺は玄関に俺以外の来客者はいないかと確認する。なんせひっきりなしに多くの女性がこの家を訪れる。関根柊一という人間のスキャンダラスな一面だ。  一人の女性に尽くすタイプではない。多くの女性と逢瀬を重ねるのが関根柊一という人間だ。俺以外にこの家に来ている男は出版関係者、つまり仕事以外は皆無。今のところ、俺の調べた範囲内ではだが。俺の見立てに間違いないよね、柊一さん。  柊一さんのものと思われるちょっと高そうな革靴、俺のはいているスニーカー。それ以外は今日は見当たらない。  ラッキー!今日は女性の靴がない。久々に柊一さんと二人っきりだ。悲しいことにこういう日はめったにない。必ず一人か二人女性の気配があるのだ。今日は非常に珍しい日だ、  心の中で万歳三唱だ。俺は柊一さんの後を追う。 「あれ?お客さん?」  リビングに通された俺。そこに女性が一人ソファーに座って俺の顔をのぞきこんでいる。  高い革靴は柊一さんの物だけではなかったのか。俺の万歳三唱を返せ。 「美也子さんじゃん!」  橘美也子。  ジャズボーカリストであり、今は柊一さんのマネージメントも担当している、いわゆるデキる女の典型タイプの女性である。実家は花を活ける家元というお嬢様でもある。柊一さんと並ぶと背中に花背負っている感じの美男美女カップル、いやカップルじゃない!二人組って様相を呈している。 「七瀬君だったのね、お客さん」  俺の顔を見て、にこりと微笑む美也子さん。この微笑みだけで恋愛偏差値が低そうな男は十人束で美也子さんの虜になるだろう美しき笑み。俺は頭を軽くかいて終わらせる。 「柊一も人が悪いわ、七瀬君来るんだったらあたし来なかったのに」  美也子さんは柊一さんを少し責めるように言う。 「いいンだよ、七瀬は。美也子さん居てくれた方が俺にとって都合いいから」  柊一さんは何てこともないように告げる。柊一さんにとって俺の存在って…。 「本当に減らず口ね。そんなことばかり言ってるといつか七瀬君に見捨てられるわよ」  美也子さんの言葉に柊一さんが俺に目線をやり、目線が合った俺はドキリとして肩を少し震わせる。 「見捨ててもらっても全然結構なんだけどな、俺は」  吐き捨てるように言葉を投げる柊一さん。俺の存在って、柊一さんにとって何なんだろう。  今度は美也子さんが頬杖をつき深いため息をつく。 「はい、はい。相変わらずひねくれてるんだから貴方は。七瀬君、気にしちゃだめよ?口ではこう言ってるだけで、柊一の中では違うんだから」  美也子さんがそう言うと、柊一さんの目が反れ、俺がただ柊一さんを見ている格好になった。  美也子さんと柊一さんは仲がいいというか、俺より前から深いつきあいがある。柊一さんの家に訪れる女性のうちの一人で、マネージメントをやっているせいか頻繁に見かける。美也子さんが居るのも頭に置いておかなきゃいけなかったな、俺。高価な革靴の中に女性ものもあったんだな。美也子さんならハイヒールのイメージが強かったから、考えてもみなかった。  ちなみに俺と美也子さんとは柊一さん繋がりで仲良くさせてもらってる。柊一さんの家に来る女性の中で一番長く、今回のたわいない会話?のようにいつも俺をフォローしてくれているありがたい存在でもある。 「また泊りに来たんだってさ」  柊一さんは両手のひらを反らして、呆れた仕草をしつつ言う。 「約束していたんでしょう?七瀬君も仕事あるのに来てくれたのよ」  美也子さんのフォローに柊一さんが持っていた俺からの土産のプリンをテーブルに置く。 「ま、コレがあるから入れてやるけど?」  …柊一さんの口はいくら美也子さんの助け船があっても、俺を貶めることしか頭にないようだ。  柊一さんの好物、プリン。俺とは違ってセレブな生活をしている人だからそこらのスーパーで三個セットで100円とちょっとなんて物は食べない、と思う。一応来るときは毎度美味しいと評判の店か、デパ地下で買ってくる。万年平社員の俺としては手痛い出費なんだが、それと引き換えにしてもここに来てしまう。いくら口で貶められたとしても。

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