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第4話
「柊一さんの今度出す本って小説?」
「そう。久しぶりの新作だ」
「どこかで連載とかしてたやつ?それとも書下ろし?」
「なんだよ、珍しく小説にご執心か?」
「柊一さんのなら読みたいもん」
「絵本じゃねーんだぞ、七瀬。七瀬のオツムで理解できるかわかんねーぞ」
どこまでも彼は俺に毒舌だ。
柊一さんの本は難解な本も確かにある。本人の家にほとんど無いから、書店やネットで買うしかないが、俺は彼の著作物大半は読んでいる。読みやすいのはコラムをまとめた本だったりするが。
「久々の本だから、大手の書店でサイン会あるのよ」
美也子さんの発言に俺は目を丸くする。
「え?柊一さんがサイン会なんてやるの?今までやったことなかったよね?」
「まあな。サイン会なんて面倒だし断ってきたんだけど、今回はどうしてもって押し切られたからな」
柊一さんが、一口コーヒーを口にする。
「たまにはこういうファンとの交流もやらないとね。書店さんにはお世話になってばかりだから、ね」
マネージャーらしい意見を美也子さんが色っぽく言う。その顔、ホント罪ですよ、美也子さん。
「柊一さんのサイン会かあ…レアだな、ファンが殺到するんじゃない?」
めったにない関根柊一のサイン会。ファンなら絶対行くだろう。俺がファンだったら仕事との兼ね合いを折りをつけて何が何でも駆けつける。ファンに揉みくちゃにされないかな…と少々不安にもなる。
「無料だけど予約制で定員もあるから、そんな騒がしいイベントにはならない筈よ」
俺の不安を読んだのか美也子さんがすかさずそんなアシストを出してくれる。
「たまには書店さんの顔を立てないとなー。たくさん本置いてもらってる都合上。めんどくせえよな、ホント」
柊一さんの本音だろう。端正な顔でマスコミ受けも良さそうなのに、表立ったところには一切顔を出さない。勿体ないよなーと人のことながら毎回思ってしまう。せっかくの生まれ持った華を台無しにしてないかなとさえ感じてしまう。
「柊一さんって、昔からそうなの?昔から表舞台に出るようなことしてこなかったの?」
空気が変わる。
俺は特別変なこと聞いたわけじゃないと思うんだけど…。柊一さんも美也子さんも黙ってしまう。
「そうよね、わかるわ」
そう美也子さんが言ったきり、二人から言葉が出ない。俺、爆弾投下した?
俺と柊一さんとの繋がりは三年前から。その前は名前すら知らなかった。
俺はずっとサッカー少年で、ろくすっぽ本なんて読んでいなかった。読んだとしても無料のマンガアプリで読めるものとか、友達から借りて読んでたやはりマンガの単行本とかだ。
全く文学とは関係のところで生活してきた。サッカーやっている人間の中にも読書家はいるのだろうけど、俺は無関係のところで生活していた。
今、こうして柊一さんと関係を紡げているのが不思議なくらいだ。
俺と出会う前の柊一さんなんて何も知らない。柊一さんも美也子さんも教えてくれない。過去の彼の姿を。俺がサッカーボールを追いかけてた頃の彼の姿を。
「ごめんね、七瀬君。気を遣っちゃうわよね」
「・・・・・」
俺は何も言えない。
昔の話を振っただけでこんなにも雰囲気ががらりと変わるとは思ってもみなかった。
昔の柊一さんは二人が黙るほど何かあったというの?
わからない。
わからない。
わかりたいけど、
教えてもらえない…。
「いいンだよ、七瀬は知らなくて。脳筋サッカー少年の七瀬君には難解すぎて泡ふくだろうからな」
柊一さんの毒舌が返ってきた。俺への柊一さんの過去を知る鍵を渡すつもりはないみたいだ。
知りたいのに、少しでも知りたいのに。
この欲望はいつ満たされる?永遠に満たされないのか?
柊一さんの過去の扉を開く鍵を少しだけ分けてほしい。
「なんか変な話になっちゃったわね、七瀬君と会ってもう私たち三年よね」
唐突に美也子さんが話を変えてきた。これ以上進むことはできないんだな、と少しだけ切なくなる。
「そうですね、三年ですね」
「ジャズバーで酔いつぶれたヤツを介抱してから三年か…」
「言わないでよ!」
柊一さんは顔がほころんでる。俺はムキになる。
あの雨の日の出会い。
俺が今ここにいる理由も全部あの雨の日からだ。
俺はここにいる。三年前からここにいる。
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