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第5話

三年前。 あの雨の日、俺は出会ってしまったのだ。 今でも憶えている。忘れることなんてない。洒落た聞き覚えのない音楽と、やけに美味いウオッカ、ワイン、ウィスキー。 会社の上司の名刺と引き換えに一杯だけ無料というアルコール類、俺は聞き覚えのない名のついた最初の一杯を飲み干すと、給料も出たばかりとあって、あれこれとオーダーしてしまった。 俺、アルコール強かったっけっかな…?でも美味いからいいや、そんな感じだった。段々視界が揺らいでいき、意識が薄らいでいった。ああ、これが浴びるほど飲むってヤツか。一人でバカみたいに飲んで溺れて。その後気づくと俺は薄暗い部屋に寝かせられてて。しかも半裸で。あの時は本当に驚愕した。何が自分に起こっているのかと。少し頭も痛かったが、それよりも俺のその時の状況把握ができずに泡を吹きそうだった。その時、部屋に入ってきたのが柊一さんだった。その頃は名前も顔も知らない。見知らぬ青年が俺のいる部屋に入ってきて、俺はまた慌てた。 その青年は俺にスポーツドリンクのボトルを渡してくれた。見知らぬ部屋、見知らぬ青年。俺は信じて渡されたスポーツドリンクを飲んでいいのだろうかと不安になり、飲むのを躊躇ってた。それを見て、破顔し、その青年は状況を説明してくれた。 艶のある低い声。月明かりに見せてくれた端正な横顔。 「ちょうどこのリビングだったな、寝かせてたの。ぐーぐーと平和そうに眠りこけてたからな、七瀬」 そう、この部屋だった。この部屋のリビングのソファーに俺は寝かされていた。 「店で泣き出してさ…大泣きしてさ、歌ってた美也子さんの身にもなれってんだよ…」 ああ、言わないで。俺は耳を塞ぐ。 「仕方ないから連れて行ったんだよ、俺の家に。なのに連れていくってなったら暴れだしやがってさ…どしゃぶりの雨の中ひと迷惑だよなぁ」 もうこれ以上何も言わないで。 忘れられないあの日は痴態まみれの雨だった。 「風邪ひかれても困るから、上だけ脱がせてやって。気づくと寝てて。ホント、七瀬感謝しろよ」 ため息交じりに柊一さんに言われる。 あの時は状況説明を終えた後、好きにしろと言った。この部屋は俺の家だから、このまま眠っててもいいし、帰ってもいいと。ただし、今時刻が夜中の三時だからタクシー呼ぶには難しいという話だった。頭も痛かったし、見知らぬ青年だった柊一さんも悪い人じゃなさそうだし、俺はここに留まることにしたんだ。 何より破顔した顔が綺麗だったからって言ったら、怒られるかな。渡してくれたスポーツドリンクも冷えてて美味しかったし。 あの時、なんで俺なんか拾ってきたんだろう。介抱なんてせずに、そのままほったらかしにしてもいいのに。 「なんで柊一さん俺なんて拾ったの?」 思わず口から零れた。 「拾ったわけじゃねーよ。あの店は俺にとっても美也子さんにとっても常連なんだよ。その店で大騒ぎ起こされても困るだろ。他の客にも迷惑だし」 憮然とした顔をして柊一さんが答える。それに続いて美也子さんが笑んで、 「柊一はね、そういうところあるの。妙に面倒見がいいのよね。あの店で柊一のお世話になった人七瀬君だけじゃないわよ。介抱がうまいっていうかね、なんとなく面倒みちゃうみたいなのよ」 「え?!初耳」 俺以外に柊一さんが面倒見た人が居るんだ。なんか複雑な気持ち…。 「お気に入りの店で騒がれるのが嫌なだけ。それ以上でもなければそれ以下でもない」 柊一さんは顔色変えずに言い切る。 であっても、介抱して自分の家に連れていくってのはちょっとやりすぎなんじゃないのか。 「もっとも、七瀬君みたいに家まで連れて行くなんてことはほとんど無いんだけどね」 え?じゃ俺だけなの?少しだけ気持ちが浮上する。 「七瀬が今までで一番手に負えなそうだったからなー。飲むだけ飲んで、ビービー店の中で泣きやがって。泣き虫な女より泣いてた。どんだけストレス溜まってンだってな」 ーー聞かなきゃよかった。そんな特別なら要らない。 「柊一も素直じゃないわね~。そういう七瀬君だったからでしょ、家まで連れて行ったのは」 「美也子さん、それ都合良くとりすぎ」 「そぉ?私は嘘なんてつかないわよ」 「美也子さん、夢見すぎ」 「そぉ?」 二人の会話が俺を置いてけぼりにして進んでいく。 俺は何も言えず黙ってうつむく。 あの日、柊一さんが拾ってくれなかったら俺どうなってたんだろう。柊一さんじゃない誰かが拾ったのかな、それとも店出禁にされてほったらかされて路頭に迷ってたか。今は新宿の治安悪くなってるから、ただでは済まなかったかもしれない。拾ってくれた柊一さんには感謝してる。あの日も、あの日から三年経っても。感謝があらぬ方向へ進んでしまったけれど。 あの日雨でなくて、柊一さんも店に居なくて、美也子さんも歌ってなかったら俺は違った道を歩いていたのかもしれない。 でも彼はあの店に居てくれた。泣きじゃくってた(らしい)俺を介抱してくれた(意識はなかったけど)。 やっぱりこれは運命!なのかなって。俺は単純な脳筋だから。そう思っていいよね、柊一さん。

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