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心拍数3 謎は解けたけど

「柊一さん、シャワー終わったよー。使ったタオルは洗濯機の中に入れといた…って…」  リビングに行くと、柊一さんはスマホを見つめたまま時を止めていた。 「柊一さん?」  俺は彼の顔を窺う。柊一さんは軽く首を横に数回振る。 「何でもない…シャワー終わったのか、七瀬」  彼はなんでもなかったように振舞うが、その顔にはどこか感傷的な匂いがした。「太一」のことか?彼は何にも語らないけれど、それを匂わす仕草してる。 「柊一さん、一人で何でも抱え込まないでよ…。俺、頼りないかもしれないけど…」 「何でもない。七瀬は気にするな」 「『太一』って人のことでしょ?柊一さんその人から電話あってからおかしいもん」  柊一さんは頭を軽くかき、自虐的に笑う。そんな笑みが見たかったんじゃない。 「バカな七瀬にもわかるような態度取ってたか…情けねえな」  この人が自虐な言葉吐くなんて、こんな顔作るなんて思わなかった。「太一」ってどれだけ柊一さんの中で重要案件なの?夕飯を作った女性のシェフ以上に嫉妬心が起きる、が。ここでそれを見せるのはあまりにも浅はかすぎる。俺は努めて冷静に彼に聞く。 「教えてよ、柊一さん。『太一』って人のこと、言える限りでいいから」 「聞いても面白くもなんともない話だぞ、いいのか?」 「言ったじゃん、一人で抱え込まないでって。話せるだけ話して、俺、聞くだけは出来るから」  俺は覚悟できてる、と、ポンポンと胸を叩く。本当は少し怖いのだけど。 「七瀬バカだからな…わかるよう話すと長くなるぞ?」 「いい、柊一さんの話なら何でも聞く。だから話して」  柊一さんは目を閉じ、長いため息をつくと俺に座るように指示をした。俺は彼の言う通りに座り、彼の目の前に座ると彼の話し始めるのを待った。柊一さんは再度目を開ける。 「七瀬が言ってる『太一』…『市原太一』、あいつは俺の元バンドのベーシストだった。技術も凄いんだが、センスが良くて、いつの間にか名の知れたバンドから声がかかり、そっちのバンドに居ついて俺のバンドから抜けた」  美也子さんのライン通りの話だ。俺は黙って頷いた。 「昔、俺は金なくて、太一と一緒に住んでた。二人で1Kの部屋だ…今じゃ想像つかねえだろ?」  柊一さんが二人で1Kの部屋なんて。万年平社員の俺だって一人でワンルームを借りてる。柊一さんにもジリ貧時代があったんだな。今じゃオートロック式の最高階のメゾネットタイプの部屋2LDK部屋に一人で住んでいる人なのに。人には歴史ありだ。 「太一とは馬が合って、バイトも同じとこに行ってたこともあった。太一は俺より社交的で誰とでも仲良くやれる性格でつきあいやすい奴だった。俺たちのバンド…厳密に言うと、ピアノトリオっていう三人でやる三人組のバンド。ジャズでは結構いるんだ、そういうバンドは」 「三人?」 「ああ、ドラムスの田代洋平って奴が居た。今は亡くなってるがな」 「―――!」 「それで三人でやってたんだ、しばらくな。だが、太一がバンドを脱退して、俺と洋平…ドラムスはベースと探したんだが、太一ほどの奴は見つからなくて、自然解散した。洋平は「俺の腕が三流だったから」と自分を責めてたけどな…違う、太一が裏切ったんだ。あいつは社交的で誰とでも仲良くなれる性格もあって名の知れたバンドにも自然に溶け込んで、最終的に俺たちを捨てた。勿論、俺との同居もそこで終わりだ」  彼は一度そこまで話すと、近くにあった缶コーヒーを口に含む。 「…で、何で今『太一』から電話来るの?」  他にも突っ込みたいところはあったが、俺は当たり障りのない質問を彼に投げた。 「ドラムの洋平の七回忌で、その弔いとして代わりのサポートドラムを入れてバンドでやってた曲を俺と演《や》ろうってさ。冗談じゃない、あのトリオは洋平のドラムがいて初めて成立する。太一のやろうとしてることは弔いじゃない、「故人への冒涜」だ」  柊一さんは言葉を吐き捨てる。静かに怒りを込める柊一さん初めて見る…。 「それなのに、太一は俺を誘う。洋平が生きていた時にはねぎらいの言葉なんて掛けもしなかったくせに、今更だ。バンドを壊した本人のくせに何が弔いだ。洋平は太一が抜けたのは自分の所為だってずっと自分を責めてたのに…」  彼はそこまで語って、俯き、顔を上げない。  過去の柊一さんのドロドロした人間関係、柊一さんの痛みも怒りも全部じゃないが、わかる。  俺も過去、怪我でサッカーを挫折してサッカー部をやめた途端、その当時付き合っていた彼女がその時のサッカー部のエースに鞍替えし、俺は捨てられた。柊一さんの過去ほどつらくはないが、まだ人生経験の少ない俺にとっては衝撃的な事実だ。人に裏切られる痛みは理解できる。  ここで俺が柊一さんに何をしたらいいのか考えを巡らす。  柊一さんは裏切り者の『太一』から一緒にやろうって誘われてる、洋平って人の七回忌ってことで。それを頑なに拒んでいる理由は、彼のこだわりと道徳心からきている。  俺にできることってあるのかな、バカ扱いしてる俺から慰められたら柊一さんのプライドが傷つきそうだし。三年という間柊一さんを知り、ジャズを学んだ俺ができること…。  俺が脳をフル回転にさせてるところに、柊一さんの手が伸びて、俺を正面から抱きしめる形になる。俺は自分の手をどうしようかと悩んでいたら、 「七瀬、しばらくこのままにさせてくれ」  柊一さんは顔を上げないまま囁く。俺は手を彼に預けないまま一方的に抱かれていた。今の彼にはこの形が一番いいのだろう。無理はさせたくない。 「う、ん」  俺はそれだけで何も言わなかった。少しでも柊一さんの気の重さが軽くなればそれでいい。俺のやや筋肉質の胸でよければいつでも貸すし。俺を使ってくれて全然構わない、寧ろ俺を頼ってくれるのが一番嬉しい。人生経験もジャズの知識も何もかも柊一さんには到底及ばない俺だけど。  どれだけ時が経ったのだろう。時計も見ていないから、今何時なのかもわからない。彼の心臓の音が聞こえてくるくらいにはずっと密着している。  時間間隔がうやもやな中、柊一さんは俺から腕を離して、膝立ちをし、俺の顎に手をやる。クイと顎を掴まれ、そのまま唇を奪われる。最初はキスだったが、徐々に激しくなっていく。口内を柊さんの舌が暴れ、舌を絡ませる。お互いの舌を貪り合い、雄の欲を高め合う。  シャワー前と同じ、否、もっと身体が熱くなる。柊一さんの手が着ていたTシャツの裾をたくしあげ、そのまま脱がされる。柊一さんの唇は首筋をなぞる。俺はたまらず声をあげる。 「う、う、うん…う…ん、う…うあ…ん、ん…」  広いリビングに柊一さんのリップ音が響く。さっきと展開はあまり変わらないのに、さっきより熱を感じるのはより柊一さんの身体が密着しているのと、素肌で彼を受け入れている所為か。何より彼が俺を求めるのが強くなっている。  それは太一に対する情報のガードが緩くなったこと、柊一さんの太一に対する気持ちを共有したこと、怒りの対処の処方箋が俺だったこと。いくつも理由が浮かぶ。  たくさんある柊一さんの謎が少しだけ解明された。それだけでも今日の俺は十分。後は考えることを放棄して彼の欲に委ねて仕舞えばいい。  俺は詩人じゃない。作家でもない。うまく言葉を繋げないけれど、気持ちだけはここにある。逆に、クリエイターたちはどう表現するのだろう。  俺はバカだから。  考えるより行動が先に出る奴だから。 「お、俺…を……しゅ、しゅう、…しゅういち、さ…ん…の…好きにし…て…――」

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