33 / 41
心拍数7 『My funny Valentine』
「どうした、七瀬」
「何でもない~柊一さん、『恋のゆくえ』の『My funny Valentine』かけて」
彼は短くため息をつくと、アレクサを呼んで『My funny Valentine』をリクエストした。
「いいね~この曲~」
「お前、本当にわかってる?」
彼はずっと握ったままだった手を離す。俺は彼のぬくもりを両手で確かめる。
「よくはわかんないけど、なんかメロいし」
「まあそうだろうな、そんなもんだと思った」
柊一さんは俺の髪を何度か撫でる。撫でた手は俺の肩に降りてきた。手だけよりも彼を感じる。俺は彼の身体に少し体を預ける。
「昔よく演 ったな、『My funny Valentine』。美也子さんのボーカルで」
柊一さんと美也子さん、柊一さんがバンドやってた頃から知り合いだったんだ。ドラムの人が七回忌というから、七年前以上前のことか。間違いなく俺はサッカーボールを蹴っていた頃だ。
「洋平は美也子さんに惚れてた。それを俺と太一でからかってたっけ」
自然に柊一さんの口から零れた『太一』というワード。俺は聞かないふりをした。
「太一とよく笑ってたな、洋平によく怒られてた」
「昔に帰りたい?」
俺が俺なりに熟考して出したリアクションだ。柊一さんは少し笑んで、
「また貧乏生活に戻るのはキツイな。でも――」
俺は彼の次の言葉を待つ。
「洋平が病気悪化させずに生きていて、太一が裏切らなければ違ったかもな」
彼の中ではいつでも三人なんだ。『太一』も含めて。それほど拘っている三人なんだ。
それぞれの幸せに向かってバラバラになった「恋のゆくえ」の三人よりも、柊一さんはビターエンドな終わり方だ。
柊一さんの目は遠い過去を見ている。俺の知らない過去を見ている。
俺が割り込めない、過去の『太一』との思い出を一枚ずつめくるように。
「でも、そしたら柊一さん、俺と会ってないかもしれない…」
「そうかもな」
柊一さんはバッサリ斬り捨てる。俺は彼の目を見て訴える。
「やだ。俺、柊一さんに会えないのは嫌だ」
「仮定の話だろ」
俺は首を横に何度も振る。
「仮定の話でも嫌なものは嫌だ!」
「強情だな、お前は」
心なしか彼の目が艶を帯びている。彼は俺の肩にまわした手に力を込めてきて、俺は身体を預けていたので、強制的に抱き寄せられる形になる。胸の鼓動が高鳴り、心拍数が上がる。
「しゅ、柊一さん、ど、どう、どうかしたの?」
俺は顔を朱に染め、しどろもどろになりながら、彼に問う。
「可愛すぎなお前が悪い」
彼は片方の手で俺の顎を掴む。俺は目を閉じる。軽くチュと俺の頬をかすめていく。
「え?それだけ?」
思わず声が出る。
「七瀬、何を期待した」
「な、何にも」
俺は彼から目を反らし、何にもなかったような顔を作るが、俺は思っていることが顔に出る性格 。ごまかせるとは思えない。
「わかりやすい奴」
彼は唇を重ねてくる。俺は目を閉じ、カフェインの香りがする彼の舌を迎える。彼の舌が俺の口内と蹂躙する。
「ん…ん、っ…ん」
お互いの呼吸が重なる。また俺は彼と夜の艶に堕ちていく。
シャッフルで音楽がリビングを染め上げている時、無機質な着信メロディが鳴った。これは俺のスマホの着メロ。俺は無視しようとしたが、止まることを知らないその音はノイズになって俺の耳を襲う。俺は彼に「ごめんなさい」と謝り、その迷惑な着メロを終わらせる為、バックの中に突っ込まれていたスマホを取り出し、画面を見る。…妹からだった。
「晃司 兄ぃ!今度の土曜日、ライブあるから部屋泊めて~」
能天気な声に俺は怒りをためつつ、至って冷静に答える。
「姉貴のとこに行け。俺のところは狭いから無理」
俺の部屋はワンルーム。とても妹が来て泊まれる場所ではない。
「姉貴に断られたから、電話してるの!少しくらい狭くても平気だからー!」
何が平気だ。俺の部屋に前来た時、「超狭い」と騒いでいたくせに。
「俺はその日用事あるから、無理。ホテル取るか友達のとこどこかあるだろ!じゃーな」
妹は食い下がるようだったので、俺はブチっと電話を切る。
「七瀬モテモテだな」
柊一さんが笑ってる。俺はスマホをバックに突っ込んで、彼の隣に座る。
「モテてないよ!妹からだし…あいつ勝手だから」
俺は口をへの字口に曲げる。
「妹には優しくしとけよ。俺にも妹が居るから大変なのはわかる」
「え!?柊一さんにも妹が居るの!?」
意外。この人が家族の話をするなんて。柊一さんの妹、可愛いんだろうな。
「ああ、居る。やたら俺の家に来たがって困ってる」
豪勢なマンションだもの、来たがる気持ちはわからないでもない。俺も身内に柊一さんみたいなゴージャスな生活している人居たら、来たくなる。それに仲のいい兄弟なら一度は来たいと思う。俺のところも特段仲が悪いわけではないけれど。
「身内も完全シャットダウンしてるから、俺が何処に住んでるかまではわからないけどな」
どこまでも秘密主義な彼らしい。何故そこまで身を隠すのかは謎だけど。聞いても話してくれないだろうな…。
「そろそろ寝るか、七瀬明日早いだろ」
「え?!うん…そうだけど」
俺の返事が曖昧だったのが悪かったのか、彼は
「なんだ、七瀬まだヤリたりないのか?」
「そ、そんな事言ってない!」
俺は慌てる。柊一さんはそんな俺を楽しげに見つめてる。
「まだ三回しかイってないから不満足ですって顔してる」
俺は顔を赤らめて、頭を左右に振る。
「そんな顔してない!絶対してない!」
柊一さんは含み笑いを浮かべる。またこの人何か仕掛けてくる気じゃ…俺は身構える。
「まあお前がその気ならつきあうけど?明日仕事に差し支えてもいいんならな」
「それは困るから――!俺の給料減らすのはやめて~!」
柊一さんは頭をポンと叩く。
「サラリーマンだもんな、お前」
「万年平社員だけど…」
「寝るか、七瀬」
「うん」
俺は頷く。彼は立ち上がって、飲み終わったアイスコーヒーを入れていたグラスを持ち、キッチンへ向かった。
俺はまだ飲み残しのあるスポーツドリンクのペットボトル持って彼を追う。
「柊一さん、スポドリ飲みきれなかったから、明日飲むね。冷蔵庫入れとく」
俺はグラスを洗っている彼に声を掛ける。
「適当に入れとけよ」
「わかったー」
俺は冷蔵庫を開けて、適当に突っ込む。
「柊一さん寝室で寝るの?」
「そのつもりだけど」
俺は小声で彼に言葉を掛ける。
「俺も寝室で寝ていいかな…」
柊一さんは薄笑いしている。
「まだヤリたりないのか、七瀬」
俺はまた慌てて、言葉を重ねる。
「違う、そんなんじゃないけど、一人で寝るの淋しいし、柊一さんの顔見ながら寝たい――」
正直な俺の気持ちだ。ここまできて一人寝は淋しい。出来るなら彼の体温を感じながら眠りにつきたい。
彼は洗うことを一度止め、振り返って俺の方を見ると、俺に近づいて片手で肩を抱く。
「可愛いな、七瀬」
また俺は赤面しながら彼の服越しに伝わる彼の体温を確かめる。
「い、一緒に寝ていい?」
「ああ、構わない」
柊一さんは身体を離し、その手で顎に手をかけ、軽く唇にキスを落とす。それはとても優しいキス。彼の温かみを感じるキスだ。俺は満足げに笑うと、キッチンを後にする。
一度リビングに寄り、スマホを確認すると、妹からラインが二、三入っていた。俺はため息をついて、またバッグの中に仕舞う。
「寝室行こうかな」
キングサイズのダブルベッドが鎮座している柊一さんの家の寝室。今日は珍しく寝る為だけに行く。
リビングはシャッフル再生されてる音楽は止まらず流れている。このまま寝室に行ってもいいが、ここで音楽を聴きながら彼を待つのもいいかもしれないと思い、俺はソファーに座る。どうせなら好きな曲聴こう。俺は今勉強中のジャズのピアノメインの曲をアレクサにリクエストした。
柊一さんのピアノまた聴きたいな…なんてこと考えながら。
ともだちにシェアしよう!

