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心拍数10 ワーキングボーイ

「おはようございます」  朝八時五十分。俺は部署に入ると、一番に挨拶する。もう部署の部屋にはほとんどのメンツが揃っていた。 「七瀬さん一番遅い~」  今年入ったばかりの女の子が俺に言う。 「遅刻はしてないんだから許してよ」  俺は自分の席に座ると、バッグを仕舞った。まだ朝だ、柊一さんがつけた痕を気づく人は居ない。このままで何もないで行ってくれ。  俺はパソコンを立ち上げて、メールチェックする。たいしたメールは来ていないようだ。俺はデスクに乗っている未処理の書類の束をチェックする。  データ入力を女の子に頼むのに、一応ざっと目を通しておくのが俺の流儀。たまにとんでもない案件があったりしてデータ入力の時にいちいち聞かれてては俺の仕事が進まない。さっさと仕事を終えて毎日定時退社するのが俺の目標でもあるから、リスクは少なめにコスパ重視で。  朝九時。始業のベルが鳴る。俺は買ってきたお茶のペットドリンクを飲みながら、データ未入力の書類のチェックする。たまにトンチンカンなデータシートが来るから怖い。そこは危険だから付箋をつけて回す。  会社のほとんどはIT化たされているが、こういう風にまだ書類を見ながら入力という仕事はまだある。チェックを終えると、データ入力メインの女の子に書類を渡す。 「七瀬さん、何かいいことありました?」 「え?なんで?」 「朝から上機嫌みたいだから」 「―――!」  俺は至って冷静にしていたのに、顔に出ていたのか。思ったことが顔に出る性格は面倒だな。俺は何もないよと適当にごまかした。――ごまかしきれてないかもだけど。 「あ、それ俺も思った、七瀬いいことあったんだろ」  二年先輩の係長が言ってきた。俺は「別に」とお茶を濁したが、きっと濁しきれてないんだろう。  俺は親を恨む。なんでこんなわかりやすい性格にした…と。俺の両親も隠し事できるタイプの人間じゃないし、姉貴や妹もそうだ。――七瀬家全員の悩みなのかもしれない。 「ほらーほらー七瀬話してみろよ~」 「私も気になります」  皆、仕事しろよ!俺の定時退社を邪魔するなよ!俺は彼らを無視して次の仕事を始めた。  ちなみに俺の部署は営業。そこで営業を補佐する営業事務としてこの五年働いている。  印刷会社の営業…クライアントの課題解決に向けて印刷物からデジタルプロモーション、イベント運営までをトータルプロデュースする仕事。単なる「モノ売り」ではなく、制作進行管理、納品までを総合的にディレクションする役割を担っている。  そういう部署だから、しょっちゅうお客が行き来している。会社の中で、活気は一番ある部署かもしれない。  企画部との連携の仕事もあるし、結構忙しいセクションである。俺の仕事もおかげさまで毎日満員御礼状態だ。 「七瀬、昨日立ち上がったイベント、詳細をメールでくれ」  同僚から声がかかる。俺はわかりましたと言い、パソコンの中を探す。  昨日は『太一』の所為で精神的に落ち着かなかった。完全にプライベートを仕事に持ち込んでいる。これでは社会人失格だ。仕事とプライベートは完全に独立させなければ、だ。  探しているデータは、たいていスケジュール管理のアプリに放り込んであるか、ワードかエクセルでデータがあるかだ。もしかしたらPDFという場合もある。 「あった、あった」  イベント詳細…と。データはエクセルで作られていた。俺は頼まれた同僚のアドレスにエクセルのデータを添付し、メールを送る。 「七瀬、今日13時から来客あるから、打合せ室抑えといて」 「はい」  俺は 会議室のスケジュール管理データを呼び出して書き込んでいく。  営業部の部署にも企画室と同じように打合せブースがある。企画室は一つしかないが、営業部は来客数が多いので、三つほど打合せブースがある。それに人数に合わせて会議室も使える。ただ会議室は他部署との兼ね合いもあるので、営業部だけで確保することはできいない。会議室を使う場合は総務部に行って許可を取るのが必要になる。  今のところそこまで大きなプロジェクトは動いていないので、会議室にお世話になる事はない。  さて、俺は俺の仕事をしますか。  昨日、出された請求書の入力しなければ。俺は請求書のアプリを立ち上げ、昨日未入力だった請求書を片っ端から入力していく。  この仕事をするまではパソコンなんてパソコンの授業でしか触ったことなかったのに、今ではキーを見ながらだが、タイピングもできるようになった。五年も働いているんだ、少しは成長している。テンキーにおいては、もう見ないで入力できるようになった。数字とにらめっこするのが俺の仕事のようなものだから。  昼十二時。  やっと一休憩だ。今日は何も買ってこなかったので、食堂行って定食でも食べるか。  そこでようやくスマホを取り出す。誰かからライン着てないかな。歩きながらスマホチェックする。諦めの悪い妹から一件、あとは公式の登録しているサービスからのラインだけ。今朝まで一緒だった彼からのラインはない。  運動も兼ねて俺は階段で食堂のある五階へ向かう。  食券を買って、それを食堂のスタッフに見せてオーダーすればいい。  カレーにラーメン、うどん、そば、それに定食なんでもござれの食堂だ。社員は勿論、外部の客もオッケーな広めの食堂。値段もこのインフレで高騰しているのにもかかわらず、お財布に優しいお値段だ。俺みたいな万年平社員の一人者にも優しい。  さて、今日の定食はA定食がハンバーグ定食、B定食がサバのみそ漬け定食。今日はAにしとくか。 「なーなせくーん」  俺に柊一さんを教えてくれた本に詳しい同僚…川田が俺に近づいてくる。嫌な予感しかしない。 「ぼっちメシは淋しいだろうってさー」 「別にいいんだよ、ぼっちメシでも」  川田はコホンと咳ばらいをして、 「…で、何で怒られたって?」 「誰にも怒られてねえよ」  俺はA定食を受け取って適当なテーブル席に座る。川田もA定食のようだった。 「嘘はよくないな、七瀬君。君は明らかに動揺していた」 「それ、何の真似だよ」  俺は川田に突っ込む。だが、川田はそれをスルーする。 「君のあの焦りはおかしいと思ったのだけど…ズバリ、関根柊一に怒られた!」 「お、怒られてねえって」  俺は柊一さんの名前が出て慌てる。その様子を見ていた川田が鬼の首を取ったような顔をしている。 「ははーん、七瀬、関根柊一に怒られたな」 「ち、違うって」  俺が否定すれば、否定するほど川田は得意満面で笑う。 「何やらかした?七瀬君、あの関根柊一に怒られるなんてさ」 「何もしてねえって!」 「人には言えない事か…何だろうな――」  完全に川田は俺が柊一さんを怒らせたと思っている。俺はただ名前に反応しただけなのに。このまま勘違いさせておこう。 「ん、んんん!?」  川田は俺の襟あたりを見る。 「いつ彼女出来た、七瀬」 「へ?!」 「その首筋の噛み痕!いつ彼女出来た!?」  川田は柊一さんの残した噛み痕を指さす。 「―――!」  俺はあたふたしながら、首筋を隠す。とうとうバレた。 「…で、どうなんだ、どこで会った。どうやって知り合った?マチアプか、友達の紹介か?他の何かか?」 「――ご想像にお任せします」  夕べの情事を思い出し、俺は顔から火が出るほど熱くなった。 「七瀬――!お前だけは友達だと思ってたのに…。やっぱりサッカー部元主将は違うのか~」  だからそれは過去の栄光。それとこれとは話が違う。皆そこに注目するな、俺にとってはもう黒歴史に近いものなのに。 「ま、七瀬は悪い奴じゃないし、結構マッチョで鍛えてるし、顔も平均よりは顔面偏差値高いし、明るいし、モテる要素がないわけじゃなかったけど」  しみじみ言われると、俺ってスペックいいのって思って、にやける。 「だが!芯があるのかどうかわからん、流行りに乗っかるだけの脳筋バカなのは致命傷だと思うのに…」 「褒めるかけなすかどっちかにしろ~!!」

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